和尚のひとりごと№2331「看病用心鈔」
和尚のひとりごと№2331「看病用心鈔」
今回よりご紹介する良忠上人の『看病用心』の前提となるのが伝統的な仏教におけるターミナルケアです。仏教の開祖釈尊自身も病んだ比丘を自ら看病されたと伝えられています。また初期仏教の段階において僧伽内部にて互いに看護に従事すべきことが律蔵に記されています。一方日本における臨終行儀が直接範をとったのは、道宣(南山律師)の『四分律行事鈔』や善導大師の『観念法門』であるとされています。特に平安期の恵心僧都『往生要集』の中の「臨終行儀」に説かれる「二十五三昧会」が重要です。これは比叡山横川首楞厳院の僧侶二五名によって始められた念仏結社であり、互いに善き友となって臨終まで念仏行を支え合うことを誓いました。恵心僧都による臨終行儀の特徴は、臨終を迎えんとする病者を取り巻く環境の整備、看取りを行う第三者(善知識)の重要性、そして伝統的に不浄や穢れとして忌むべきとされてきた「死」を迎える場を浄域と位置付けている点などです。また善知識の役割は看取り後(死後)も続き葬送儀礼にまで携わるように指示されているのは興味深いことです。一方、宗祖法然上人に至りますと、善知識という第三者は必ずしも必要とされず、臨終行儀自体の重要性も薄れてきます。これは口称念仏による阿弥陀仏の来迎が保証されている限り、臨終時よりも平生時の念仏の実践が大切であるという考え方に基づいています。二祖聖光上人は臨終の際にこそ、念仏を称えられるよりよい環境を提供すべきであると考えをしめされます。そして三祖良忠上人において、改めて善知識の介在の必要性が認められ、源信僧都以来の臨終行儀が見直されました。
臨終正念訣(りんじゅうしょうねんけつ)
一巻。『臨終正念往生文』『臨終正念要訣』また『善導和尚臨終正念訣』ともいう。善導撰。
知帰子と浄業和尚による臨終正念をめぐっての問答であり、臨終に医薬品を用いること、神に禍福を祈ること、臨終の念仏について述べられている。
本文ならびに現代語訳は、神居文彰他著『臨終行儀—日本的ターミナル・ケアの原点—』(渓水社、一九九三)より転載させて頂いております。
