和尚のひとりごとNo1207「浄土宗月訓カレンダー1月の言葉」

和尚のひとりごとNo1207「思いから行いへ」

 新年明けましておめでとう御座います。令和五年、新たな一年の幕開けです。皆さんそれぞれに色々な思いをもって、また具体的な目標や計画を立てて今年一年の過ごし方を考えられる事でしょう。「今年は毎日こまめに掃除をしよう」とか「健康のためにウォーキンングを始めよう」とか「出来る限り笑顔で過ごしていこう」と、日々の過ごし方の目標を決められる方も居られるでしょう。しかし目標を立てても、ただ心に思うだけでは何も進歩はしません。前へ進むためには実際に動かなければなりません。
 信仰においても確かな信心をもっていただくと同時に、その信仰を深めていただくためには行動が伴なうものです。浄土宗においては阿弥陀様に思いを寄せていただくと同時に、実際に「南無阿弥陀佛」と口に出してお念仏を申していく事が行動であり、修行となってまいります。お念仏を申していくのには間を空けず、途切れる事なく、無理のない程度に続けていく事が肝要です。
 間を空けず継続して修めていく事を、「無間修(むけんじゅ)」と言います。喩えとして、遠い異郷で辛苦を強いられている者が、故郷の父母の元へ帰る事をかたときも忘れる事がないようなものとして説かれます。常に西方極楽浄土への往生(おうじょう)の思いをなすべき事を言います。法然上人はこの「無間修」を大切に思われていた様です。「無間を要(かなめ)となす」とし、「無間修が能(よ)く能(よ)く念仏を勧めたる修(しゅう)にてありと仰せ候なり」と説かれております。
 私たちの日々の心持ちはどうでしょう。罪業を重ねず、善い事ばかりを思って毎日過ごせられるのならばそれに越した事はありません。しかし凡夫(ぼんぶ)のならい、常に貪瞋(とんじん)煩悩(ぼんのう)と言って、貪りや腹立ちの起こる身です。「随犯随懺(ずいはんずいさん)」と言って、犯す罪に対していつも懺悔(さんげ)して我が身の程を振り返り、反省する必要があります。そして腹が立ってもそのままでお念仏を間断なく絶やさず相続し、欲の心が起こってもお念仏を止める事なく申し続ける事が大切なのです。人間は勝手なもので、商売が繁盛すれば、「忙しくて念仏など申せぬ」と言い、貧乏すれば、「念仏どころではない」とお念仏を怠ける材料にしてしまうものです。全て自分の都合のいい様に過ごしてしまう私たちですが、腹立ちも欲深い心があっても、そのままで阿弥陀様の懐(ふところ)に飛び込み、お念仏信仰が生きる支えになっていただけたらと思います。新年を迎え新たな気持ちで、日々共々にお念仏申して過ごしてまいりましょう。