和尚のひとりごとNo1116「法然上人一代記 45」

45.住蓮と安楽

このように旧来の仏教界からの圧力が現実のものとなってくる中、たいへんな事件が起きました。
法然上人の弟子に住(じゅう)蓮(れん)と安楽房(あんらくぼう)(遵(じゅん)西(さい))という僧がおりました。ともに白河法皇の追善の際には六時礼讃を修し、また『七箇条制誡』には門下に名を連ねた二人でした。
さて『七箇条制誡』より翌々年の元久三年(一二〇五)一二月、二人は東山鹿ヶ谷(ししがたに)にて六時礼讃を唱えていましたが、ちょうどその折。後鳥羽上皇は熊野臨幸(りんこう)で京を留守にしていました。上皇に仕えた二人の女房松虫、鈴虫は鹿ヶ谷の草庵を訪ね、住蓮と安楽に出家を懇願したと伝えられています。二人はこれを承諾しました。
二人は能声、すなわち大変な美声として知られ、それを耳にした松虫、鈴虫の心を動かし、世を厭い浄土を求める心を芽生えさせたとも言われています。


住蓮山安楽寺