和尚のひとりごと№2419「浄土宗月訓カレンダー8月の言葉」

和尚のひとりごと№2419「争いなき平和な支え合い」

 

私たちは、互いに違いを持ちながら生きています。性格も違えば、考え方も、立場も、歩んできた道もそれぞれ違います。その違いがあるが故に争いの種ともなってしまします。しかし、一人一人尊い命をいただいてそれぞれの環境で生きているのです。よって仏教では全ての命は尊く、共に支え合って生きるべき存在であると説きます。
南無阿弥陀仏のお念仏は、阿弥陀様の大いなるお慈悲に抱かれ、いつも見守られているとお受け取りいただく御教えです。自分だけが正しいという自分勝手な心をやわらげ、相手を思いやる心、許し合う心、共に生きる心を育てさせていただくのです。争いをなくす第一歩は、相手を責めるのではなく、先ずは自分自身の心を静かに見つめることです。自分自身の至らなさを見つめ直し、お念仏を称え、日々穏やかに過ごしていると、私たちは阿弥陀様に見守られ、生かされ、支えられている身であるという信心が深まってきます。自らの愚かさを知ることを信機(しんき)と言い、阿弥陀様、お念仏の御教えを信じることを信法(しんぽう)と言います。それら信機・信法という信仰の深まりが、他者を大切にし、手を差しのべる人柄とさせていただくのです。南無阿弥陀仏の声が響くところには、「憎しみではなく慈しみ」を、「対立ではなく寄り添い」を、「孤独ではなく支え合い」を広げていく。争いなき平和な世界は、遠い理想ではなく、今ここで一人ひとりがお念仏と共に歩む中から始まっていくのです。
『無量寿経』に、「天下和順(てんげわじゅん)日月淸明(にちがっしょうみょう)風雨以時(ふうういじ)災厲不起(さいれいふき)國豊民安(こくぶみんなん)兵戈無用(ひょうがむゆう)崇徳興仁(しゅうとくこうにん)務修禮譲(むしゅらいじょう)」という一節が説かれています。「(仏の国では、)世の中は平和で穏やかに治まり、太陽も月も清らかで明るく輝き、風や雨はほどよく吹き、雨はよい時に降るので、災害や疫病などもおこらず、国は豊かになり民衆は平穏に暮し、武器で争うこともなく、人々は徳を尊び互いに思いやり、礼儀を重んじ譲りあっている」という意味です。特に最後の二句、「崇徳興仁、務修禮譲(人々は徳を尊び互いに思いやり、礼儀を重んじ譲りあう)」は、私たちの目指すべき、人としてのあり方を示しています。しかし実際は、心の中で人に対して妬んだり蔑んだり、自分の利益ばかり考え、自分勝手で、我先に欲望のままに何かを求めがちです。それよりも先ずじっくりと愚かな自己を見つめ直し、日々反省する姿勢が大切です。一人一人が徳を尊び、他者を思いやり、礼儀を重んじ、互いに譲り合うことを心掛けるならば、きっと天下も和順(平和で穏やかな状態)となっていくことでしょう。