和尚のひとりごと№2236「鎌倉法語集」45
和尚のひとりごと№2236「鎌倉法語集」45


第九:お念仏①
雪山(せっせん)に身(み)を投(とう)ぜよともいわず、命(いのち)を捨(す)てよとものべず、花(はな)のもと月(つき)の前(まえ)、雨(あめ)の夜(よる)、雪(ゆき)の朝(あさ)、草庵(そうあん)の内(うち)、静(しず)かなるに窓(まど)の前(まえ)に西(にし)をおもい、御名(おんな)を唱(とな)うれば無始(むし)の霜露(そうろ)は舌(した)の上(うえ)にきえ、順次(じゅんし)の蓮台(れんだい)は念(ねん)の内(うち)にさだまりぬ。
【訳】
とはいっても雪山に身体を投げ出せとも、命を捨てろとも言いません。花の下でも、月の光の中でも、雨の夜や雪の朝でも、草庵が静まりかえっている時こ窓の前で西方極楽浄土を想い、阿弥陀仏の御名を称えれば、霜や露が朝日によって儚く消えるように、遠い過去からの罪が念仏の声と共に消えて、来世は蓮の上に生まれ変わることが心の中で定まるのです
雪山に身を投ぜよ
仏法の真髄である「無常偈」「諸行無常(しょぎょうむじょう) 是生滅法(ぜしょうめっぽう) 生滅滅已(しょうめつめっち) 寂滅為楽(じゃくめついらく)」を得るために雪山菩薩が羅刹に自分の身命を施したという捨身行の事。『大般涅槃経』より。
※大本山光明寺さまより発行されている『鎌倉法語集 良忠上人のお言葉』より再掲引用させていただいた内容となります。
