和尚のひとりごと№2225「浄土宗月訓カレンダー2月の言葉」
和尚のひとりごと№2225「感謝も不満も同じ口から」

私たちの心の中は善い事はあまり思わず、悪い事ばかりを考えていると言われます。お経の中に、「一人一日のうちに八億四千の念あり。念念(ねんねん)の中の所作(しょさ)みなこれ三途(さんず)の業(ごう)なり」と説かれています。朝起きて夜寝るまでの間、色んな事を考えています。心はコロコロと変化するのでココロと言います。心に思った事は直ぐに口に出るものです。寒い日に外に出ると「寒い」と思った瞬間に「あぁ寒い、寒い」と口に出てしまうものです。また心に悪い事を思っていると、いつか必ず口に出てくるものです。「口常言悪(くじょうごんなく)」と言って、口は常に悪い事を言うようになるのです。
四人の僧侶が一本の蝋燭を真ん中に置いて「無言の行」を始められました。「無言の行」とは口から声を出してはならない、話をしてはいけないという行です。簡単なようですが、数人集まるとなかなか難しいものです。「陽が沈んでから、陽が昇るまでの間、決してものを言ってはならない」と蝋燭を囲んで四人が座りました。真夜中になってお寺の小僧さんが蝋燭を換えようと部屋に入ってきました。戸を開けたとたん隙間風が入ってきて、蝋燭の火が消えそうになったのです。すると一人の僧が、「あっ、火が消える」と思わず口に出してしまいました。すると向かいの僧侶が、「無言の行をしているので声を出してはいけませんよ」と言ってしまいました。すると更にもう一人が、「声に出してはならんと言うてるあなたが声に出しているではないか」と、三人続けて言葉を発してしまいました。残りの長老さんが笑みを含んで、「何も言わなかったのは私だけですな」と言ってしまいました。結局全員声を出してしまったのです。言ってはならないと分かっていてもついつい口に出てしまうものです。
言葉で常に悪い事を言うようになれば、「心常行悪(しんじょうぎょうあく)」と言って、この身は常に悪い行いをするようになっていきます。テレビを見ても新聞を見ても恐ろしい犯罪ばかりです。「心常念悪(しんじょうねんなく)」と心に悪い事を思っていると、いつかその悪業(あくごう)が形となって出てくるのです。しかし悪を善に置き代えればどうでしょうか。「心常善念(しんじょうぜんねん)」、常に心に善い事を思うようにしてください。しかしなかなか善い事ばかり思えないのが、我々凡夫です。善い事を思おうとしても、恨みや憎しみ怒りが込み上げてきます。あれも欲しい、これも欲しいと欲望も次々と湧いてくるのが人間です。ですから「心常念仏(しんじょうねんぶつ)」と常に心に仏を念じるのです。仏様は「大善根(だいぜんこん)」と言い、全ての人々を救いとって下さる善の極まりです。ですから善とは念仏、仏を念ずる事なのです。心に常に仏を念ずれば、「口常称仏(くじょうしょうぶつ)」と、口には常に南無阿弥陀仏と仏様の名を称えるようになります。すると「身常行仏(しんじょうぎょうぶつ)」と言って、身も合掌し、仏を拝む様な立派な人にならせていただく事が出来るのです。しかし常に心に仏様を念ずる、仏様を思うというのも難しいものです。そこで先ずは口に南無阿弥陀仏とお念仏を称える事が大事だと法然上人はお示しくださいました。口に南無阿弥陀仏とお念仏を申し、感謝の日々で過ごして参りましょう。
