和尚のひとりごと№2097「浄土宗月訓カレンダー7月の言葉」

和尚のひとりごと№2097「守られて導かれて救われて」

 南無阿弥陀仏とお念仏を申したならば西方極楽浄土に在します阿弥陀様の御光に包まれて、三種の利益(りやく)を受けられると言います。利益とは仏様の御教えに従った修行や祈りによって得られる恩恵の事です。三種の利益を「三縁(さんねん)」と言います。「親縁(しんえん)」と「近縁(ごんえん)」と「増上縁(ぞうじょうえん)」の三つです。
 「親縁」とは、阿弥陀様と私たちが親子の如く親しいご縁を頂く事です。南無阿弥陀仏と口に称え、礼拝し、心に阿弥陀様を念じたならば阿弥陀様はそれを聞き、見て、その者を思ってくださいます。つまり阿弥陀様はお念仏を申す者の身・口・意のそれぞれを受け止めて下さるのです。ですから阿弥陀様と私たちが極めて親しい間柄になるので「親縁」と言います。
 「近縁」とは、いつも阿弥陀様が近くにおいでて下さるご縁です。お念仏申す者が阿弥陀様を見奉りたいと願えば、阿弥陀様はお念仏申す者の声に応じて、眼前に在しましてくださいます。応声即現(おうしょうそくげん)とも言われ、仏様を実際に拝む事が叶うのです。
 「増上縁」とは、必ずお浄土への往生が叶うご縁です。南無阿弥陀仏のお念仏には罪を滅する働きがあるので、お念仏を申している者は、お念仏を称え続ける事によって次第に罪が滅し、臨終に至って阿弥陀様とその他の仏様や菩薩様が来迎してくださり、西方極楽浄土へと往生する事が出来るのです。以上のように、お念仏を申す者は、常平生から阿弥陀様に守られ、阿弥陀様に導かれ、罪が滅せられて阿弥陀様に救われていくのです。
法然上人は浄土宗開宗の後、比叡山を下りられ、京都西山の広谷に草庵を結んで居られた遊蓮房(ゆうれんぼう)円照(えんしょう)上人というお方に会いに行かれました。遊蓮房は善導大師の流を汲む念仏行を実践し、「この行は必ず来迎を得るものだ」と、毎日高声にお念仏を申し続けて居られた方です。俗世間に交わる事なく、皆は仏様のように慕っておられたと言います。法然上人はそんな遊蓮房の信仰の姿を聞き、比叡山下山後直ぐに訪ねていかれたようです。遊蓮房は命終に臨んで、九遍まで念仏を称えた後、「もう一念」と法然上人に勧められ、高声に一念して往生したと伝えられています。法然上人は、遊蓮房の念仏三昧の日暮らしと、命終の往生の姿を見て、善導大師の説かれる浄土の御教えで間違いないと確信を得たようです。法然上人はこれを契機に、人々にお念仏の御教えを弘める決心が出来たと言われます。遊蓮房の往生の姿を通して、阿弥陀様の「三縁」を堅固なものとされたのでしょう。
私たち凡夫の目では、この世において仏様を見る事は適わず、手で触れる事の難しい仏様の世界ですが、目で見えなくとも、確かに阿弥陀様は親しい間柄で目の前にお出ましくださり、最期臨終の夕べには必ず往生が叶うのです。阿弥陀様に守られて、導かれて、救われていく喜びを感じ、お念仏申して過ごしてまいりましょう。