和尚のひとりごと№1662「浄土宗月訓カレンダー4月の言葉」

和尚のひとりごと№1662「一心専念弥陀名号」

 

「一心専念弥陀名号(いっしんせんねんみだみょうごう)」この文言は、法然上人が師と仰がれた善導大師が著された『観無量寿経疏(かんむりょうじゅきょうしょ)』の一節です。
   一心専念(いっしんせんねん)   弥陀名号(みだみょうごう)
   行住坐臥(ぎょうじゅうざが)   不問時節久近(ふもんじせつくごん)
   念々不捨者(ねんねんふしゃしゃ) 是名正定之業(ぜみょうしょうじょうしごう)
   順彼佛願故(じゅんぴぶつがんこ)
「一心に専ら弥陀の名号を念じて、行住坐臥に時節の久近を問わず、念々に捨てざる者、これを正定の業と名づく。かの佛の願に順ずるが故に」
 この文言との出遇いによって法然上人が浄土宗を立てるきっかけとなりました。前掲の文言を平たく訳すと、「ただひたすらに南無阿弥陀佛とお称えし、いつでもどこでも場所や時間も気にする事なく、お念仏を称え続ける事こそ阿弥陀様が極楽往生に相応しいと示された修行です。なぜなら、全ての人々を救いたいと願われた阿弥陀様の願いに適っているからです」となります。
 法然上人は、父・漆間時国(うるまのときくに)<1098~1141>の遺言によって出家を志されました。父・時国公は、明石源内定明(あかしげんないさだあきら)の夜討ちにより命を落とされました。その臨終間際に、「汝(なんじ)更に会稽(かいけい)の恥を思い、敵人(てきじん)を恨むることなかれ。これ、ひとえに先世(せんせ)の宿業(しゅくごう)なり。もし、遺恨を結ばば、その仇(あだ)世々(せぜ)に尽き難かるべし。しかじ、早く俗を逃れ、家を出て我が菩提を弔い、自らが解脱(げだつ)を求めんには」『四十八巻伝』と言葉を遺されました。
 現代風に訳すと、「復讐を恥じ、敵人を恨んではいけない。こうなったのも前の世からの自分自身の行いによるものだ。もし恨みをもって仇討ちをしたならば、その恨みは尽きる事なく、また恨みをかう事になり恨みが永遠に続いてしまう。早く俗世間から離れ、私の為に手を合わせ、自らも苦しみから逃れる道を求めてくれ」という意味になります。法然上人は亡き父の菩提を弔うだけではなく、苦しみの世界にありながら苦しみから逃れる道を求めていかれました。自分だけではなく、全ての人々が救われる道を求めていかれ、遂に承安5年(1175年)春3月、法然上人43歳の時に上の文言に出遇われました。何十年もの学問や修行の下地があり、深い宗教的なひらめきと目覚めによってこの文言が救いの道だと悟られたのです。この文言を浄土宗開宗の文と呼びます。
 今年は開宗850年という慶讃の年です。法然上人が出家され、学問修行を積んでこられ、上の御文に出遇われ、それを人々に教え弘めて下さったからこそ今の浄土宗があるのです。法然上人への報恩感謝と共に一心に専ら南無阿弥陀佛とお念仏を申して過ごして参りましょう。