和尚のひとりごと№2218「鎌倉法語集」28

和尚のひとりごと№2218「鎌倉法語集」28

第六:助ささぬ念仏

たとえば戒律(かいりつ)護(まも)人(ひと)は、戒品(かいぼん)持(も)たずんば念仏(ねんぶつ)ばかりはかなわじと思(おも)い、理解(りかい)貴(たっと)人(ひと)は、事(じ)念仏(ねんぶつ)ばかりにては、かなわじなんどおもい。真言(しんごん)持経(じきょう)者(もの)は、皆(みな)おのが法(ほう)を、本願(ほんがん)念仏(ねんぶつ)のすけとして、本願(ほんがん)をうたがうなり。

【浄土宗行者用意問答 浄全一〇 六九八下~六九九上】

 

【訳】

たとえば戒律を守る人は、様々な戒律を守らず称える念仏だけでは往生できないと思い、念仏の原理・原則を理解する事に重きを置く人は、実際に称える念仏だけでは、往生できないと考えるでしょう。真言を称えたり経典を読んだりする人は、皆、自らの教えを、本願念仏の補助として取り入れ、本願の念仏だけで往生することを疑うのです。

 

 

※大本山光明寺さまより発行されている『鎌倉法語集 良忠上人のお言葉』より再掲引用させていただいた内容となります。