和尚のひとりごと№1692「浄土宗月訓カレンダー5月の言葉」

和尚のひとりごと№1692「比べなくてもあなたはあなた」

 

 日本の象徴とも言うべき富士山は遠くから見るととても美しい山です。古(いにしえ)から八面玲瓏(はちめんれいろう)、日本一の山と称されてきました。八面玲瓏とは、どこから見ても透き通っていて、曇りのない様子を表します。また心が清らかに澄みきっている状態を意味します。富士山を実際に目の当たりにすると写真や映像で見る以上に感動します。それで富士山をもっと近くで眺めたくなり、富士山に近づき、遂には富士山に登りたくなり山頂を目指す人も多いのです。しかし、実際に富士山に登り始めてみるとその道のりはとても美しいと思えるものではありません。遠方から眺めていた風景と違う景色に戸惑いを感じるのです。もちろん大自然の空気を楽しむ事は出来ます。けれども、遠くから眺めていた美しい富士山とは大違いなのです。険しい岩場もあれば、山道には沢山のゴミも落ちています。天候に左右されやすい山中では大自然の脅威に慄(おのの)く時もあります。私たち人間が為してきた自然破壊の現状に失望する事もあるのです。そんな麓(ふもと)を登り抜け、やがて山頂に到ると、登頂した達成感と見下ろす景色に再び感動します。山頂から見える景色に美しさを感じるのです。登りつめた感動はあるけれども、立っている足場は石ころばかりで美しさはなく、山頂から下界に広がる景色を美しく思うのです。山の下は登る前に自分が元々立っていた場所です。

 お釈迦様の時代に王家の一人が王になるのを辞めて出家をしました。心の平安を求め、僧侶に憧れ出家をしたのです。森の中に草庵を作り、たった一人で修行をしていました。年に一度開催される国をあげてのお祭りの時がやってきました。王家の人々は皆、綺麗な衣装を身にまとい、国中の人々と共にお祭りを楽しみます。音楽に合わせて踊りを舞い、歌を唄い、その音色が修行僧の草庵まで鳴り響いてきました。美味しい食べ物やお酒の香りと賑やかな笑い声が草庵まで届いてきたのです。するとその時、出家をした僧侶はどうしようもない淋しさに襲われました。「自分も出家なんかせずにお城で過ごしていたならば皆と一緒に楽しく過ごせただろうに、今や私は共に語り合う友すら居ない。こんな私ほど不幸な人間が世の中に居るものか」と思ったのです。

 「隣の芝は青く見える」という言葉があります。自分が持っていなものに対して未練をもち、羨ましくなる心を言います。隣の芝は青く見えるものです。前文の富士山の美しさに惹かれ登り始めるようなものです。今の現状で満足出来ないのは当然です。憧れを持ち成長する為に、隣の芝を青く見て進歩する必要はあります。しかし単なる自分自身の欲だけで隣の青い芝を求めては決して幸せにはなれません。富士山に登りつめた後、結局元居た下界を美しく眺めるのと同じです。我欲だけでは幸せにはなれないのです。共に尊敬し合い、共に成長出来るかどうかが大事な事です。他人と比較して恨み妬むのではなく、人それぞれの個性や取り柄を尊重し、共に歩んでいく事が幸せへと繋がるのです。「比べなくてもあなたはあなた」と自分自身の役割をしっかりと見定めて、共にこの世を幸せに過ごして参りましょう。

して参りましょう。