和尚のひとりごと№2359「看病用心鈔」28

和尚のひとりごと№2359「看病用心鈔」28

看病御用心7-6                  良 忠

前念命終の夕にハ 聖衆の来迎にあつか(預)り 後念即生の朝(アシタ)にハ 弥陀の授記を蒙ん ふかく此念に住して すへてこの世の事をハともかくも 露ちり心におもひ(思)とゝ(止)むる事なかれと すゝ(勧)め給へし
やまひ(病)なのめ(斜)に 正念たゝし(正)く候ハむ時より この理(コトハリ)をよく〱い(言)ひき(聞)かせて いまハたゝ一すち(筋)に 来世をまつ心地にすゝめなさせ給へく候

 

【現代語訳】

念仏を唱えて命の終わる時には、二十五菩薩の来迎を受けることができ、念仏によって極楽に往生した暁には、阿弥陀仏の授(じゅ)記(き)(成仏の約束を与えること)を蒙(こうむ)るでありましょう。深くこの念(おもい)に至って、とにもかくにもこの世の中を露塵(つゆちり)ほども心にかけてはならないとお勧めなさい。病がそれほど重くなく、正念にとどまることができる時分から、この理を十分説いて聞かせ、臨終には、ただひたすら聖衆(しょうじゅ)来迎を待つ心境になるよう、勧めなさることが大切です。

 

本文ならびに現代語訳は、神居文彰他著『臨終行儀—日本的ターミナル・ケアの原点—』(渓水社、一九九三)より転載させて頂いております。