和尚のひとりごと№2357「看病用心鈔」26
和尚のひとりごと№2357「看病用心鈔」26
看病御用心7-4 良 忠
況(イハン)やこれ重病苦痛しのひ(忍)かた(難)しといふとも 兼(カネ)て思ひまふけ(設)たる死縁なり 何(ナン)そ念仏せさらんや たとひ骨をくた(砕)き 髄をくた(砕)くといふとも 泥梨多劫(ナイリタコウ)の苦をまぬ(免)かれんために 何そ最後刹那の念仏をはけまさ(励)らんや
【現代語訳】
ましてこの場合、重病で苦痛耐えがたいとはいっても、かねがね予期していた死の縁であります。どうして念仏を唱えずにいられましょうか。たとえ骨を砕(くだ)かれ、髄を砕かれるほどの苦痛をともなったとしても、泥梨多劫(ないりたこう)の苦(果てしなく長い地獄の苦しみ)をまぬがれるためには、どうして最期の臨終の念仏を励まないでいられましょうか。
本文ならびに現代語訳は、神居文彰他著『臨終行儀—日本的ターミナル・ケアの原点—』(渓水社、一九九三)より転載させて頂いております。
