和尚のひとりごと№2308「鎌倉法語集」115
和尚のひとりごと№2308「鎌倉法語集」115

そもそも戯(たわむ)れに砂(いさ)塔(ご)をたて、手(て)すさいに爪(つめ)にて仏(ほとけ)を画(えが)き、ましてものの命(いのち)を哀(あわれ)み、人(ひと)のうれしと思(おも)う事(こと)をも、後世(ごせ)の心(こころ)のなき者(もの)に教(おし)ゆるまで、善根(ぜんごん)の体(たい)実(じつ)に失(しっ)する事(こと)なしと深(ふか)き聖教(しょうぎょう)に習(なら)ひ候(そうろう)なり。
そもそも遊びで砂の塔を建てたり、手癖で指先で仏を描いたり、ましてや生き物の命を哀れむ心や、人が嬉しいと思うことを行ったり、来世に関心がない人に教えを説く事まで、善根の本体は決して失われることがないと釈尊の説かれた深く優れた経典に言い伝えられております。
※大本山光明寺さまより発行されている『鎌倉法語集 良忠上人のお言葉』より再掲引用させていただいた内容となります。
