雑記

和尚のひとりごとNo108「除夜の鐘」

 

皆様、この年の瀬忙しくされているかともいます。

大晦日の夜はいかがお過ごしでしょうか。

 

 大晦日の夜といえば、紅白歌合戦を見て、除夜の鐘を聞く風景が多かったと思います。

その中でも代表的な鐘といえば、知恩院さんの鐘ですね。

僧侶がつくダイナミックな鐘のつき方は、見事なものです。

 

和尚のひとりごともNo108をむかえました。

年末ということもあり、108のつながりで「除夜の鐘」についてご紹介します。

 「除」とは「とり除く」という意味があり、「除夜」とは、「旧年を除く夜」ということです。

「除夜の鐘」はこの1年の煩悩を鐘の音きいて、煩悩を消し去ることです。

 「除夜の鐘」を108回突くのは、煩悩の数が108あるとされているからです。

 煩悩の数が108とは、誰が数えたのでしょうか?

 

よく聞くのが、「四苦八苦」で4×9で36と8×9で72を足して108になるという俗風習の説もありますが、煩悩の数え方はその他にもいくつかあります。

 

その一例を紹介します。

 

煩悩とは、愛着(あいじゃく)、執着(しゅうじゃく)のことで、自分の感情、感覚を意味しています。

 数え方は、人の身体の働きを表す「六根(ろくこん)」(眼  耳  鼻  舌  身  意)がありそれぞれに「好(良い)」「悪(悪い)」「平(どちらでもない)」があります。

これで、6×3の18

人身(じんしん)に入って心に作用する「六塵(ろくじん)」(色  声  香  味  触  法)があり、それぞれに「苦(苦しい)」「楽(楽しい)」「捨(どちらでもない)」があります。

これで6×3で18

 

六根と六塵を足して36になり、人には、「三世」(現在 過去 未来)がありますので36×3で108になります。

 

 煩悩をなくして新年を迎えましょう。

 玉圓寺では、1月1日 9時から4時まで百燈明会(修正会)ご先祖供養を、お勤めをさせていただいています。

清らかな心身(しんしん)で、阿弥陀様 ご先祖様に新年のご挨拶をしましょう。

和尚のひとりごとNo107「喪中の期間」

 

引き続き、喪中についてです。

 

よく質問されますのが、「喪中はいつまでですか、年があけたら終わりですか」などの喪中の期間についてです。

 まず、「喪中」とは、「喪に服する期間」のことで、「服喪期間」とも言います。

 「喪」とは、「人の死後、その近親の者が、一定の期間、外出や社交的な行動を避けて身を慎むこと」です。

故人を静かに偲ぶ期間でもあります。

 喪中の期間は、昭和22年に廃止されるまで、『服忌令(ぶっきりょう)』という法律によって決められていました。

 

現在では、喪中の期間というものは、各々ご自身で決めて頂いてもいいわけですが、一般的には、『服忌令』の期間を参考にして用(もち)いられています。

 『服忌令』による喪中の期間は、亡くなられた人との関係によって変わりますが、現在では、近親者(配偶者 父母 子 祖父母 兄弟姉妹)で13ヶ月とされています。

 一周忌までが喪中になります。

 

余談ですが、『服忌令』は江戸時代 徳川綱吉公によって制定された法律です。また、この法律以外にも、古代日本より公家社会において服忌に関しての法律があったようです。

 しかし、江戸時代の法律が昭和の時代まで使われてたとはびっくりしました。

 

和尚のひとりごとNo106「喪中とお正月」

 12月に入りますと、お正月の準備にとりかかれる方が多いかと思います。

 今年、ご不幸があり喪中の方からお正月の過ごし方について、質問を受けることも多くなります。

 その中でも多い質問に答えていきたいと思います。

 

Q.年賀状はどうしたらいいの?

 A.年内12月初旬に届くように喪中ハガキを出すようにしましょう。

「おめでとうございます」のあいさつは世間一般的にはよくないと思われていますので、年賀状は出さない方が良いでしょう。

年賀状を頂く分には、大丈夫です。頂いた時は、松の内(1月7日)を過ぎてから寒中見舞いのハガキを出すといいでしょう。

 

Q.「あけましておめでとうございます」のあいさつは、どうしたらいいの?

 A.「おめでとうございます」と言わなければ大丈夫なので、「今年もよろしくお願いします。」などのあいさつをしましょう。

 

Q.「門松 しめ縄飾り 鏡餅などの正月飾りは?」

 A.門松、しめ縄飾りや鏡餅は、歳神(としがみ)様をお迎えするために飾るものです。

喪中だからといって、飾ってはいけないということはありませんが、こちらも世間一般的には、よくないとおもわれています。

外に向けて飾るのは、非常識と思われたりしますので、控えたほうがいいかと思います。

内に向けては、つまり、家の中は、鏡餅など飾っても大丈夫です。

 

Q.おせち料理は食べてもいいの?

 A.食べても大丈夫です。

おせち料理は、もともとは、季節の実りを感謝したものでした。

のちに、節句料理となり、五節句(人日、桃、端午、七夕、重陽の節句)に食べられていたものが、お正月に食べられるようになったものです。

おせち料理は食べていただいても大丈夫です。

 

Q.お年玉はあげてもいいの?

A.あげてください。

 お年玉は、お供えした鏡餅を割って皆に配ったことが始まりであるといわれています。

 

Q.初詣にお参りに行ってもいいの?

A.初詣にお参り行っても大丈夫です。

 初詣は、神様 仏様にあたらしい年の挨拶にお参りに行くことです。

 

 

仏様の教えの中で、喪中だからといってお正月にしてはいけないということはありません。

世間一般的に控えたほうが良いとされているだけです。

 ご自身で、「しないほうがいいかな」と気になるようでしたら、控えていただいた方がよいでしょう。

 

それでは、よいお正月をお迎えください。

 

 追伸

玉圓寺では、毎年元旦に、百燈明会(修正会)を、お勤めしています。

一年の計は、元旦からと申しますように、お寺に出向き本堂で手を合わせお勤め(回向)することにより、一年の邪気が飛び、お勤めをされた家は、栄えると言われています。

玉圓寺では、ひと家族様ごとに、個別回向(お勤め)を致しております。

 

百燈明会 1月1日 9時~16時

 

喪中の方は、ぜひお寺にお参りして、ご先祖様のご回向(お勤め)をしてあげて下さい。

 

和尚のひとりごとNo105「享年 行年と満年齢の数え方」

 

享年 行年と満年齢の数え方を図にしてみました。

20161101

享年・行年は生まれてから経た年数です。

東洋の考え方では、「生まれた時」は「懐妊した時」と考え、母親の胎内で過ごした時間を加えます。

実際には、「懐妊した時」は特定できないので、胎内で過ごす期間を1年と考えました。

また、歳は個人がとるものではなく、みんな一緒にとるものだと考え、元旦(1月1日)に歳をとるようになりました。

 

などから、

「生まれた年を1歳とし、以後、正月元旦に1歳ずつ加えて数える」という「数え年」の考え方ができました。

満年齢は、明治以降に法律によって決められました。

和尚のひとりごとNo104「八大地獄」②

 

和尚のひとりごとNo103に引き続き地獄についてご案内いたします。

等活地獄のつぎの地獄は「黒縄地獄(こくじょうじごく)」です。

黒縄地獄は殺生の罪に加えて盗みの罪を重ねた者が堕ちる地獄です。

黒縄とは板を鋸(のこぎり)で切るときに目じるしとなる線を書くための道具のことです。

この地獄に堕ちると、熱く焼けた縄(黒縄)で身体をぐるぐる巻きにされ、線が引かれます。その線にそって、地獄の獄卒たちが熱く焼けた鋸や鉄の斧などで切り刻まれるといわれています。その苦しみは、等活地獄の10倍であるとされています。

黒縄地獄の寿命は、1000年とされています。黒縄地獄の1日は天の世界のうちの忉利天(とうりてん)の世界の1000年であり、忉利天の1日は人の世界の100年とされています。

黒縄地獄の寿命を人の世界の時間にすると13兆3225億年になります。

 

黒縄地獄の次は、「衆合地獄(しゅごうじごく)です。

衆合地獄は殺生の罪 盗みの罪に加え、邪淫の罪を犯した者が堕ちる地獄です。

この地獄には、刀葉樹(とうようじゅ)呼ばれる葉が刃(やいば)になっている樹があり、その樹に美しい女性がいるといされています。

その女性は樹の上や下に現れ、ここに堕ちた罪人は、女性の姿を追い求めて、樹の昇り降りを繰り返し、刃の葉で、その身の肉が割かれ(さかれ)、心もずたずたに切り刻まれるといわれています。

その苦しみは、黒縄地獄の10倍だといわれています。

衆合地獄の寿命は、2000歳とされています。衆合地獄の1日は、天の世界のうちの夜摩天(やまてん)の世界の2000年であり、夜摩天の1日は、人の世界の200年とされています。

衆合地獄の寿命を人の世界の時間になおすと、106兆5800億年になります。

 

地獄の怖い話ばかりだと、憂鬱な気分になってきますので、また別の機会にさせていただきます。

和尚のひとりごとNo103「八大地獄」

 

和尚のひとりごとNo102に引き続いて地獄について紹介します。

 

 「往生要集」には、地獄は大きく八つに分かれていて、生前に犯した罪の重さによって堕ちる先が変わると、説(と)いています。

 

 最も罪の軽いものが堕ちるところから、「等活(とうかつ)地獄」「黒縄(こくじょう)地獄」「衆合(しゅごう)地獄」「叫喚(きょうかん)地獄」「大叫喚地獄」「焦熱(しょうねつ)地獄」「大焦熱地獄」「無間(むけん)地獄 [又は阿鼻(あび)地獄]」と分かれます。

 

 これらを併せて「八大地獄」と呼びます。

 それぞれの地獄について紹介していきます。

 

 「等活地獄」は殺生の罪を犯したものが堕ちる地獄です。

「等活」とは、「等しくよみがえる」という意味です。

 

この地獄に堕ちると、罪人同士の殺し合いや、地獄の番人たちの責め苦(せめく)が果てしなく続き、たとえ死んだとしてもふたたびよみがえり、また同じ責め苦が繰り返されます。

 

 この地獄に堕ちた罪人の寿命は500歳です。500歳といっても、私たち人の世界の500年では有りません。

天界はいくつもの世界に分かれています。その中で四天王(増長天 持国天 広目天 多聞天 )がいらっしゃる世界が四大王衆天です。

 

四大王衆天の一日は、私たち人の世界の50年です。その四大王衆天の500年が等活地獄の一日になります。

 等活地獄の500年は、人の世界の時間にすると、1兆6653億1250年にもなります。

 

 罪が軽いものが行く「等活地獄」でもこれほどの苦しみを受けるとは、想像を絶します。その他の地獄の苦しみは、どのようなものでしょうか。

次回は、「黒縄(こくじょう)地獄」「衆合(しゅごう)地獄」の紹介です。

皆様も一度は、「地獄絵図」を見られたことがあるかと思います。

幼小のころは、まさに、身の毛もよだつ恐ろしい絵図に、夜ひとりで寝れなかったことはないでしょうか。

そんな地獄のことを書かれたお坊様が、恵心僧都源信です。

 

恵心僧都源信(942年~1017年)は、天台宗の僧侶で、平安中期から平安後期にかけて活動されました。

地獄について書かれたものが『往生要集』という書物です。

 

『往生要集』は上中下巻の3巻からなります。その上巻に地獄の様相が事細かく書かれています。

 その様相を絵にされたものが、『地獄絵図』と呼ばれるものでございます。

 そして、この『地獄絵図』から私達の地獄のイメージが作られているわけです。

 

『往生要集』は地獄の恐ろしさ、極楽のすばらしさ、極楽へ往生するためのお念仏について等が説かれています。

『往生要集』は、法然上人もお読みになり非常に大きな影響を受けられたといわれています。

平成28年(2016年)は恵心僧都源信が亡くなられて一千年忌にあたります。 比叡山では、天台宗をはじめとして、その他の宗派でも遠忌法要が行われました。

浄土宗も五月に浄土宗門主(もんす)伊藤唯眞猊下を御導師に比叡山根本中堂にて一千年忌遠忌法要をお勤めになられました。

 

地獄の恐ろしさを思い、そちらへ行くのではなく、極楽へと導いていただけるお念仏のありがたさに感謝しながら、このお盆の時期に、お念仏をしっかりと、お称えしましょう。

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今日は、本日(平成28年4月1日)玉圓寺のホームページが新しくなりました。 いままで、玉圓寺のホームページをご覧いただいていた皆さま、いかがでしょうか。 檀信徒の皆さま、お参りの際に感想など、お聞かせいただければありがたいです。

こちらの(和尚のひとりごと)は、いままでは過去の記事を含めて全て一覧で表示されていましたが、新しいホームページでは、記事の内容で分類しました。 最新の記事は、トップページ(最初の画面)に表示されます。過去の記事は、画面右上の和尚のひとりごとを選んでいただくと分類分けされたものが表示されます。

たとえば、法然上人を選んでいただくと、法然上人について書かれた記事が、表示されます。

もう一度、過去にはどんな記事が、あったのかと読んで頂ければありがたいです。

檀信徒の皆さま 玉圓寺のホームページをご覧いただいている皆さま、玉圓寺一同、当ホームページをご覧いただきまして感謝しております。

引き続き、玉圓寺ホームページをよろしくお願いいたします。

次回は大本山 鎌倉の光明寺の記事です。

最近の話題で、葬儀事情が、TV ラジオ 雑誌等で、よく耳にします。

直葬(ちょくそう)とは、祭壇を飾ったり、儀式的な事をせず24時間後、火葬所に搬送されて終わりと言う事です。

家族身内がいるのに葬儀 僧侶の回向 お戒名も頂けないままに火葬所送り。

あなたを育ててくれた大事な両親を、物扱いでいいのでしょうか?  生前に「子供に迷惑掛けたくないから、亡くなっても葬儀は、しなくてもいいよ」といってもこれは、本音でしょうか?

私たちが、生まれてきた時どれだけの愛情をそそいでくれたのですか?

直葬は、終わった後、何とも言えない悲しい思いが、抜けきれず、一生心から離れません。

経済的な理由でどうしても葬儀式が出来ない方は、福祉関係、葬儀関係 菩提寺(お付き合いのある寺院)に、相談してください。必ずいい結果があるはずです。

こんにちは、玉圓寺の宮島です。先日、カンボジアに行く機会が、ありました。

カンボジアはつい最近まで、内戦と混乱が続いていました。1993年に収まってからまだ十数年しかたっていません。まだまだ混乱の傷跡が多くのこっていますが、首都のプノンペンは大分復興されているようでした。(サッカーの国際試合2015年11月18日の日本対カンボジアなどができるぐらいに)

復興されてきたとはいえ、インフラ整備は、まだ不十分なようです。

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