法然上人

法然上人御法語第八

第8 万機普益gohougo

~数ある御教えの中でも~

 

【原文】

浄土一宗の諸宗に超(こ)え、念仏一行の諸行に勝れたりという事は、万機(ばんき)を摂(せっ)する方(かた)をいうなり。

理観(りかん)・菩提心(ぼだいしん)・読誦大乗(どくじゅだいじょう)・真言(しんごん)・止観(しかん)等、いずれも仏法のおろかにましますにはあらず。みな生死滅度(しょうじめつど)の法なれども、末代になりぬれば、力及ばず。行者の不法なるによりて、機が及ばぬなり。

時をいえば、末法万年(まっぽうまんねん)の後、人寿十歳(にんじゅじっさい)につづまり、罪をいえば、十悪五逆(じゅうあくごぎゃく)の罪人なり。老少男女(ろうしょうなんにょ)の輩(ともがら)、一念十念の類(たぐい)に至るまで、みなこれ摂取不捨(せっしゅふしゃ)の誓いに籠(こも)れるなり。

この故に諸宗に超え、諸行に勝れたりとは申すなり。

(『勅伝 第四十五巻』)

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【ことばの説明】

万機(ばんき)を摂(せっ)する

「万機」はあらゆる機根を持つ衆生、機根は衆生の素質や能力を意味するから、素質や能力を問わずあらゆる衆生を対象として、

「摂す」は救い取ることを意味するので、「万機を摂する」とは「あらゆる衆生を救い取る」ということ。

 

理観(りかん)・菩提心(ぼだいしん)・読誦大乗(どくじゅだいじょう)・真言(しんごん)・止観(しかん)等

ここで様々な仏教の修行方法が列挙されている。

理観(りかん)とは「理の念仏」とも呼び、「三身即一(さんじんそくいつ)の仏」と呼ばれる普遍的な真理としてのブッダを洞察しようとする観想の方法。極めて高度な能力や資質が求められる難行であるとされていた。

菩提心(ぼだいしん)は、詳しくは「阿耨多羅三藐三菩提心(あのくたらさんみゃくさんぼだいしん)」のこと。また「発菩提心(ほつぼだいしん)」とも言い、悟りを求め、仏とならんとする決意を意味する。大乗仏教の修行道の出発点。

読誦大乗(どくじゅだいじょう)は、大乗の経典を手に取って読み、さらにそれを暗唱すること。

真言(しんごん)の本来の意味は「真実の言葉」、原語でmantra(マントラ)と言う。ここではこの真言を教義実践の中心に置く密教の修行を意味する。

止観(しかん)は、止(śamatha シャマタ)と観(vipaśyanā ヴィパッシャナー)とに分かれる。止は「心を静め、一つの対象に集中させること」、観は止によって安らかとなった心を土台として「正しい智恵を働かせて、世界をあるがままに観察すること」。仏教における瞑想法を説明したもの。中国の天台大師智顗が著わした『摩訶止観(まかしかん)』において組織的に説かれた。ここではその天台における止観の行法を指している。

 

生死滅度(しょうじめつど)の法

生死の苦しみを伴う迷いの境涯を滅ぼし、悟りの境涯に渡るための教え。上に挙げられた種々の仏道修行のこと。

 

十悪五逆(じゅうあくごぎゃく)

「十悪」とは、仏教で数える十種の悪い行いのこと。身口意(しんくい)の三業、つまり身体による動作と、口で発する言葉と、心の中で思うこと、これらで行う悪しき行為であるとされ、苦しみ多き境涯に赴く原因となる。

殺生(せっしょう 生き物の命を断つこと)、偸盗(ちゅうとう 盗むこと)、邪婬(じゃいん 道に外れた性交渉)、以上が身体で犯す身業(しんごう)。

妄語(もうご 嘘やたぶらかしの言葉)、両舌(りょうぜつ 争いや仲違いを誘因する言葉)、悪口(あっく 暴言や罵りの言葉)、綺語(きご 誠実さのない言葉)、以上が口でなす口業(くごう)。

貪欲(とんよく 貪り)、瞋恚(しんに 怒り・憎悪)、邪見(じゃけん 誤った見解つまり因果の道理の否定)、以上が心に思うことでなす意業(いごう)。

以上の合計で十種を数える。

 

「五逆」とは、十悪よりもさらに罪が重いとされる五つの大罪。

『阿毘達磨俱舎論(あびだつまくしゃろん)』によれば、

殺母(せつも 母を殺すこと)、殺父(せっぷ 父を殺すこと)、殺阿羅漢(せつあらかん 迷いを脱した聖者、仏弟子を殺すこと)、出仏身血(しゅつぶっしんけつ 悪意をもって仏の身体を傷つけること)、破和合僧(はわごうそう 修行僧の和を乱し分裂させようとすること)、以上が五逆となる。

これらを一つでも犯すと死後ただちに無間地獄(むけんじごく)に堕ちるとされる。無間地獄とは別名「阿鼻地獄(あびじごく)」とも呼び、最も苦しみの大きい地獄であるとされる。

 

【現代語訳】

浄土の一宗(浄土の教え)が他の諸宗(浄土以外の教え)より勝れ、念仏という一行が他の様々な修行法よりも勝れているという事は、全ての衆生を漏れなく救い取るという点を言っているのです。

(もちろん)真理を見ようとする観法、覚りを求めんとする決意、大乗経典の読誦、真言の教え、止観の行など、(従来から大切とされてきている)どんな修行も仏の教えとして不十分であるという訳ではありません。(これらは)皆、生死の苦しみを滅して覚りを得ようとする教えではありますが、末法の時代になり、(仏道を行ずる者の)力が及ばず、修行者が教えに背いてしまうことによって、素質や能力が追い付いていかないのです。

時代について言うならば、末法の時代に入って一万年が経った後、人の寿命もついに十歳にまで縮まってしまい、罪ということについて言うならば、十悪五逆と呼ばれる大罪を犯してしまう罪人でもあります。(そのような)老若男女の人々であり、(念仏を)一回ないし十回しか称えないような人々に至るまで、皆(仏の)「救い取って捨てることのない誓い」の対象に含まれているのです。

だからこそ(浄土の教えは)他の教えより勝れ、(念仏が)他の修行法よりも勝れていると申し上げるのであります。

 

数ある仏教の教え(法門)の中でも、浄土に関する教えは最も勝れ、その中でも仏によって選ばれ誓われた念仏(選択本願念仏)がより勝れている。これが法然上人の見出された確信であります。

ここでは、浄土一宗(浄土に往生する教え)が、他の教えよりも勝れている所以をひとことで言い表しています。

つまり「全ての衆生を漏れなく救い取る」という一点において勝れていると。

”仏の光明は遍(あまね)く十方世界を照らして、念仏の衆生を摂取して捨てたまわず”

自分自身の力では仏の境地に至ることが叶わず、また時として悪をなしてしまうのが末法に生きる私たちの姿でもあります。

そんな私たちに差し伸べられた一筋の光明、法然上人にとり弥陀の本願に裏打ちされた浄土往生の教えは、まさにそのようなものだったのではないでしょうか?

合掌

法然上人御法語第七

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第七 諸仏証誠

~諸仏による証明は決して虚しいものではない~

 

【原文】

六方恒沙(ろっぽうごうじゃ)の諸仏舌をのべて 三千世界に覆いて、「専らただ弥陀の名号を称えて、往生すというは、これ真実なり」と証誠(しょうじょう)し給うなり。これまた念仏は、弥陀の本願なるが故に、六方恒沙の諸仏、これを証誠し給う。余(よ)の行は、本願にあらざるが故に、六方恒沙の諸仏、証誠し給わず。

これにつけても、よくよく御念仏(おねんぶつ)候(そうろ)うて、弥陀の本願、釈迦の付属、六方の諸仏の護念を深く蒙(こうぶ)らせ給うべし。

弥陀の本願、釈迦の付属、六方の諸仏の護念、一々に虚しからず、この故に、念仏の行は、諸行に勝れたるなり。

(『勅伝 第三十二』)

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【ことばの説明】

六方恒沙(ろっぽうごうじゃ)の諸仏

「六方」とは、東・南・西・北・下・上の六つの方角で、六方であらゆる方向を表現する。

「恒沙」は「恒河沙(ごうがしゃ)」の略。恒河(ごうが=ガンガー)とはガンジス川、恒河沙はガンジス川の川辺にある無数の砂のこと、これは数量が無数(数えきれないほど多い)ことを指している。

従って「六方恒沙の諸仏」とは、四方と上下の六方向におわすガンジス川の砂の数にも喩えられるほど数多くの仏を意味する。

 

舌をのべて

「舌を伸ばして」の意。悟りを開いたブッダに備わる32種の優れた身体的特徴(三十二相)の一つに、舌が大きく長い(長広舌 ちょうこうぜつ)という特徴がある。仏たちはその長い舌を伸ばして、経典の言葉に偽りがないことを証明しているのである。

 

三千世界

三千大千世界(さんぜんだいせんせかい)の略称。仏教的世界観において世界の最小単位は「小世界(一世界)」といわれるが、それぞれの世界が、中心にそびえたつ須弥山(しゅみせん)とその周りを囲む九山八海(九つの山々と八つの海)、さらにその外側にある四洲 (四つの大陸)、また天空の太陽や月などの天体を一通り備えた環境であると言われる。その最小単位の小世界がおよそ1000個集ったものを小千世界、この小千世界がさらに1000個集ったものが中千世界,この中千世界がさらに1000個集ったものが大千世界、すなわち三千大千世界である。

そしてこの三千大千世界が一人のブッダの教化が及ぶ範囲とされ、我々が住むこの小世界を包含する三千大千世界を別名娑婆世界(sahā サハ―)とも呼ぶ。ここはかつて釈迦仏が教化した範囲であり、ここより西方に位置する極楽世界が阿弥陀仏の教化する世界となる。

 

証誠(しょうじょう)

誤りなく真実であることを証明すること。

 

弥陀の本願、釈迦の付属、六方の諸仏の護念

阿弥陀仏の本願は『無量寿経』において明かされ、釈迦仏の付属は『観無量寿経』に説かれる。これは釈迦が最終的に仏の本意は念仏にあるとして阿難に付属したことをいう(選択付属 せんちゃくふぞく)。この場合の「付属」とは、教えを授け、後世に伝えるように託すことを意味している。

また六方の諸仏の護念は、『阿弥陀経』において説かれている、東・南・西・北・上・下の六方の諸仏が念仏する行者を護り、決して離れることがないことを言う。これは念仏者が極楽に往生を遂げる前に、この現世において得ることができる利益である。

 

【現代語訳】

六方に広がる全世界の仏たちが、その舌を伸ばして三千大千世界を覆い、「〈専ら阿弥陀仏の御名を称えることで往生を果たせる〉という教えは誤りなく真実である」と証言されています。また同時に念仏が阿弥陀仏の本願であるという理由から、その真実性が(同じく)六方世界の仏たちにより証明されているのです。(それに対して)念仏以外の諸行は本願ではないため、六方世界の仏たちは、(その教えが)真実であるとは証言されていません。

このことからも、念を入れて十二分にお念仏をなさり、阿弥陀仏の本願、釈尊仏の付属、六方世界の仏たちの御加護を深く受け入れて下さい。

阿弥陀仏の本願、釈尊仏の付属、六方世界の仏たちの御加護は、それぞれが意味のあるものなのです。それ故に、念仏の行は他の行に比べて各段に勝れているのです。

 

 

この一段が説かれたのは、念仏の教えに対する疑いを正して、正しい信へと導くためである。仏教では悟りへの妨げとなる心の働きを「煩悩」と呼び、その煩悩に98ないし108を数えるが、その中に「疑」がある。「疑」とは、凡夫が自分自身の見解に捉われて、仏の説示に対して十分な信を持ち得ないことを指している。

そしてここでは、阿弥陀仏の本願によって誓われた念仏(本願念仏)が、他のあらゆる行より勝れている所以が、”釈迦の阿難への付属”と”諸仏による証誠”によって示されているのである。ともに他ならぬ仏による証明であり、念仏が”虚しからざるもの”すなわち、必ず極楽への往生を遂げさせる”実あるもの”としてここに示されている。まさに凡夫の疑念をさしはさむ余地なきものとして。

華厳経にいわく「信は道元にして功徳の母となし」。

合掌

 

法然上人御法語第六

第六 五劫思惟gohougo

~因果を超えて~

 

【原文】

酬因感果(しゅういんかんか)の理(ことわり)を、大慈大悲の御心の内に思惟して、年序そらに積もりて、星霜五劫(せいそうごこう)に及べり。然るに善巧方便(ぜんぎょうほうべん)を廻(めぐ)らして思惟し給えり。

然(しか)も、「我れ別願をもて浄土に居(こ)して、薄地低下(はくじていげ)の衆生を引導(いんどう)すべし。その衆生の業力(ごうりき)によりて生まるるといわば、難(かた)かるべし。

我れ須(すべから)く衆生のために永劫(ようごう)の修行を送り、僧祇(そうぎ)の苦行を廻(めぐ)らして、万行万善(まんぎょうまんぜん)の果徳円満(かとくえんまん)し、自覚覚他(じかくかくた)覚行窮満(かくぎょうぐうまん)して、その成就せん所の、万徳無漏(まんとくむろ)の一切の功徳をもて、我が名号として、衆生に称えしめん。衆生もし此(こ)れに於(お)いて信を致して称念せば、我が願に応えて生まるる事を得(う)べし。『勅伝 第三十二』

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【ことばの説明】

酬因感果(しゅういんかんか)

原因となる行為がもたらした結果としての果報を得ること。ここでは修行という因(原因)が成仏という果(結果)をもたらすことを意味している。

 

五劫(ごこう)

「劫」とは極めて長い時間のこと。 サンスクリット語のkalpa(カルパ)の音を写した「劫波(劫簸)」を省略した表現。

一つの宇宙(世界)の誕生(始まり)から消滅(終わり)までの1サイクルを指し、ブラフマー神(梵天)という神にとっての一日に等しいという。仏典において具体的な数値は示されないが、よく引かれる譬喩(『雑阿含経』あるいは『大智度論』)によれば下記の通り。

「一返が一由旬(いちゆじゅん 四十里=約157キロ)に及ぶ巨大な岩を、100年に一度だけ布で撫で、その結果としてようやく岩がすり減ってなくなってしまうまでの長い期間を経ても、実はまだ劫には及ばない(劫はそれほど長い期間である)」(磐石劫 ばんじゃくこう)、

あるいは「四方四十里の城を芥子粒(けしつぶ)で満たし、その後100年に一度、その芥子粒を一粒づつ取り出していき、最終的に全ての芥子粒がなくなってもまだ劫には及ばない」(芥子劫)。

一つの劫(一大劫)を時間的経過によって分類する場合は、世界の生成(成劫 じょうこう)、存続(住劫 じゅうこう)、破壊(壊劫 えこう)、消滅後の世界が存在しない状態(空劫 くうこう)の4段階で考える。

法蔵菩薩が四十八願を立てる為の思惟に「五劫」を要したことは『無量寿経』に説かれている。

 

善巧方便(ぜんぎょうほうべん)

サンスクリット語ではupāyakauśalya(ウパーヤカウシャリヤ)といい、巧みな手立て(方法、手段)のこと。仏が衆生を救済し導くに当たり、衆生側の機根(素質、性格、置かれている状況)に応じて最適な手段を講じること。

 

別願

諸仏・菩薩に共通する「総願」に対して、「別願」とは諸仏・菩薩が各々の立場より起こす個別の誓願のこと。

「総願」は四弘誓願(しぐせいがん)ともいい、大乗の菩薩が初発心時に必ず立てなければならない四つの誓いで、

  1. すべての衆生を救うこと(度)、②すべての煩悩を断つこと(断)、③すべての教えを学ぶ
  2. こと(知)、④この上ない悟りを得ること(証)をその内容とする。

阿弥陀仏の別願は四十八願である。「今この四十八願は、これ弥陀の別願なり」(法然『選択集』)。

 

業力(ごうりき)

業の力、すなわち果報を生じさせる原因となる業の働きのこと。業(karman カルマン)のもとの意味は「行為、行い、活動」、何らかの意志的な行為は、必ず一定の結果を行為の主体にもたらすとされ、そこに見いだされる法則性が「善因楽果(ぜんいんらっか)、悪因苦果(あくいんくか)」ということになる。善き行いは必ず心身に楽をもたらし、反対に悪なる行為は心身に苦をもたらす。

 

僧祇(そうぎ)

「阿僧祇(あそうぎ)」の略。阿僧祇は原語 asaṁkhya(アサンキャ 数えられない)から、つまり「数えきれない、無量の、無数の」を意味する。

 

果徳

修行の結果として自ずから得られる徳(よい性質、利益)のこと。

 

自覚覚他(じかくかくた)覚行窮満(かくぎょうぐうまん)

「自覚」は自ら覚悟(さとり)を獲得すること、「覚他」は他者(衆生)をして自らと同じさとりの境地に導く(成仏させる)こと。

「覚行窮満」は、自ら覚り他を覚らせる、この両者を満たすことにより、はじめて「覚行」は完成し菩薩は仏となることができることを意味する。

「自覚覚他覚行窮満せる之を名づけて仏と為す」(善導『観経疏』「玄義分」)。

 

【現代語訳】

(弥陀の前身、法蔵菩薩は)(衆生が)修行を行うことを原因として、それに応じた果報を得るということ(因果応報の道理)について、大いなる慈悲の御心にて熟考を重ねるうち、いつしか年月が積み重なり、過ぎ去った歳月は五劫にも及んだ。それでもなお(衆生を導く為の)巧みな手立てについて考え続けた。

(そうして考え続けた)その上に、「わたくし(法蔵)は、別願(という特別な願)を立てて浄土に住み、修行をしたがまだ高みに達していない人々を導き入れよう。(ただし、そうしたところで)人々自身の行い(修行)がもたらす果報として、浄土に生まれさせることは(因果の道理に従えば)難しいだろう。

(それならば)わたくしは是が非でも人々のために、限りなく長い修行生活を厭わず、また果てしなく長い期間の苦行を企て、多くの修行と善き行いの結果として得られる徳を完全に満たし、わたくしがさとるだけではなく、人々をしてわたくしと同等のさとりの境地に導くことで覚りに向かう修行をも完成させ、そうした結果として(わたくしに)備わる、悟りの障害となる煩悩のけがれのない全ての功徳をわたくし自身の名号とし、人々に称えさせよう。人々がもしこれを深く信じて、称名念仏を行うならば、わたくしの願いに応じて(人々はわたくしの作った極楽浄土に)生まれることができるであろう」

 

 

仏教では因果応報が大原則であった。自らの責任において為した行いの報いは、必ず受け取らなければならない(自業自得)。そして大きな果報である「仏のさとり」や「仏国土への往生」を果たすためには、それに見合うだけの厳しい修行や、善き行いを積み重ねなければならない。

さらにここでは、「衆生の業力(ごうりき)によりて生まるるといわば、難(かた)かるべし」と言われる。濁世に生き、煩悩による造罪を重ねる衆生自身の行いによっては、浄土への往生を果たすことは誠に難しいというのである。ではどうすればよいのか?

そこで仏によって示されるのが全ての功徳が込められた「南無阿弥陀仏」の名号である。

深く信じ、その名号を称えれば、必ず往生を遂げられる。

仏の大慈悲に基づき、信心と称名こそが往生の要行であることを述べた法語である。

合掌

 

 

法然上人御法語第五gohougo

第5 選択本願(せんちゃくほんがん)

 

~ただ彼の仏の願に随順す~

 

【原文】

本願というは、阿弥陀仏(あみだぶつ)の、いまだ仏(ほとけ)に成(な)らせ給(たま)わざりし昔(むかし)、法蔵菩薩(ほうぞうぼさつ)と申しし古(いにし)え、仏の国土を浄(きよ)め、衆生を成就(じょうじゅ)せんがために、世自在王如来(せじざいおうにょらい)と申す仏の御前(みまえ)にして、四十八願(しじゅうはちがん)を発(お)こし給いしその中(うち)に、一切衆生の往生のために、一つの願を発こし給えり。これを念仏往生(ねんぶつおうじょう)の本願(ほんがん)と申すなり。

すなわち無量寿経(むりょうじゅきょう)の上巻に曰く、「設(も)し我れ仏を得たらんに、十方の衆生、至心(ししん)に信楽(しんぎょう)して、我が国に生(しょう)ぜんと欲して、乃至(ないし)十念(じゅうねん)せんに、若(も)し生ぜずば正覚(しょうがく)を取らじ」と。

善導和尚(ぜんどうかしょう)、この願を釈(しゃく)して宣(のたま)わく、「若し我れ成仏せんに、十方の衆生、我が名号(みょうごう)を称(しょう)すること、下(しも)十声(じっしょう)に至るまで、若し生ぜずば、正覚を取らじ。彼(か)の仏、今現に世(よ)に在(ましま)して成仏し給えり。当(まさ)に知るべし、本誓(ほんぜい)の重願(じゅうがん)虚(むな)しからざることを。衆生称念(しょうねん)すれば、必ず往生を得(う)」と。

念仏というは、仏の法身(ほっしん)を憶念(おくねん)するにもあらず、仏の相好(そうごう)を観念(かんねん)するにもあらず。ただ心を致して、専(もは)ら阿弥陀仏の名号を称念する、これを念仏とは申すなり。故に「称我(しょうが)名号(みょうごう)」というなり。

念仏の外(ほか)の一切の行は、これ弥陀の本願にあらざるが故に、たとい目出度(めでた)き行なりといえども、念仏には及ばざるなり。

大方(おおかた)、その国に生まれんと欲わん(おもわん)ものは、その仏のちかいに随(したが)うべきなり。されば、弥陀(みだ)の浄土(じょうど)にうまれんと欲わん(おもわん)ものは、弥陀の誓願に随うべきなり。

☆出典 『勅伝』第二十五

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 5-1

 【ことばの説明】

阿弥陀仏(あみだぶつ)

西方極楽浄土の教主。

「阿弥陀」の原語は、サンスクリット語ではAmitābha(無量光仏と訳)Amitāyus(無量寿仏と訳)の2つが想定され、それらの語尾が抜け落ちて“阿弥陀(あみだ)”と音写されたことに由来するとされる。それぞれの意味は、Amitābha(アミターバ)が「無限の光明をもつ者」、Amitāyus(アミターユス)が「無限の寿命をもつ者」であり、伝統的にはこれを次のように解釈している。つまり「空間的に全ての人々を救いとろうとして 摂取の光明がどこにいる人にも届くように“無量光仏”に、また時間的に永遠に人々を救い続けようとして“無量寿仏”になった」(浄土宗大辞典より、法然『三部経釈』)。釈尊亡きあと、すでに仏なき世において、覚りを求めブッダを求める私たちの願いを受け止める仏であり、広大なる慈悲を体現する永遠の現在仏である。

その起源については異説が多いが、西北インドないしガンダーラ地方に深いゆかりがある。インド本土における仏像の作例からも内陸インドでも信仰されていたことは間違いないだろう。またシルクロード、中央アジアよりチベット圏を含む東アジアに渡って広く信仰を集めてきた仏でもある。

代表的な浄土経典である『無量寿経』によると、

かつて歴史上最初の仏であった錠光如来(Dīpaṇkara ディーパンカラ、燃灯仏 ねんとうぶつ)がこの世に出現されてから53人のブッダが現れた。さらにそののちの世に世自在王仏(せじざいおうぶつ)という仏が現れた時、時の国王がその説法を聴く機会に恵まれ、ついに王位を棄てて出家し法蔵比丘と名乗るに至った。法蔵はこの上なく最高の悟りを得たいと決心し、五劫というとてつもなく長い期間に渡って考え抜いた末、生きとし生ける者を救済するための本願として四十八願をたて、その中で自身が理想とする国土の建立を誓った。劫(こう)はサンスクリット語のカルパ (kalpa)に由来し、1つの宇宙が誕生し消滅するまでの1サイクルを表す。五劫は宇宙消滅のサイクルが5回繰り返されるほど長い期間を表現する。そしてさらに長い長い間(兆載永劫 ちょうさいようごう)に渡って、数々の修行を積み、多くの勝れた特性を具えて、ついに阿弥陀と呼ばれる仏となり、我々の住むこの世界より西方に向かい十万億の国土を過ぎたところに「安楽(極楽、sukhāvatī スッカーヴァティ)」という浄土を建立して、今もそこで説法をしているという。

 

法蔵菩薩(ほうぞうぼさつ)

「法蔵(Dharmākara ダルマーカラ)」は阿弥陀仏がかつて菩薩だったときの名前。元国王だったが世自在王仏のもとで出家し法蔵比丘を名乗った。「菩薩(bodhisattva ボーディサットヴァ)」とは、菩提(覚り)を求める衆生のこと。つまり未だブッダではないが、ブッダとなることを目指している者や、ブッダと成ることが確定している者を意味する。

 

世自在王如来(せじざいおうにょらい)

世自在王仏に同じ。原語でLokeśvararāja(ローケーシュヴァラ・ラージャ)。

阿弥陀仏は法蔵菩薩であった時にこの仏に帰依し、この仏に導かれた。かつてこの世界に出現したブッダたち(過去仏)の中、最初の過去仏である錠光如来から数えて54番目(異説では81番目)の仏となる。

 

四十八願(しじゅうはちがん)

阿弥陀仏が因位(修行時代)の法蔵菩薩であった時に立てた48の誓い。世自在王仏は神通力により二百一十億の諸仏の国土(浄土)の有様を法蔵に示したが、法蔵はこれらの諸仏国土の特徴を参考に、自ら建てようとする浄土の理想を五劫もの長い期間に渡り考え抜き、ついにどのような浄土を建立するかを決定した。それが48項目の誓願(誓い)の形で示されている。この四十八願は衆生救済を眼目とするが、法蔵自らが仏となる必要条件ともなっている。つまりこれらの誓願が成就し、往生を望む衆生を迎え入れる準備が整わない限りは

決して仏とはなるまいと誓われているのである。

 

念仏往生(ねんぶつおうじょう)の本願(ほんがん)

『無量寿経』に説かれる四十八願中の第十八願。

「あらゆる世界の衆生が心から信じてわたくしの国に生まれたいと願い、わずか10回でもそれを念じ、それでももし生まれることが出来ないようであれば、決して仏とはならない」との願。

 

無量寿経(むりょうじゅきょう)

『阿弥陀経』『観無量寿経』と並ぶ「浄土三部経」の筆頭であり、浄土教の根本聖典のとして重視されてきた。

内容は、阿弥陀仏が法蔵菩薩時代の発心、本願とその成就、極楽の荘厳、阿弥陀仏による救いとしての三輩往生などの重要な教説が示されるが、特筆すべきは凡夫往生の根拠として第十八願(念仏往生の願)が明示されたことであろう。

漢訳『無量寿経』二巻は、曹魏の嘉平四年(252年)に康僧鎧(こうそうがい)が洛陽の白馬寺で訳したと伝説されているが(『開元釈教録』)、史実として有力なのは、永初二年(421年)に仏駄跋陀羅(ぶっだばったら)宝雲により共訳されたというもの。

康僧鎧(Saṃghavarman サンガバルマン)は3世紀頃の人で現在のウズベキスタンにあった康居(こうきょ)国出身。仏駄跋陀羅(Buddhabhadra)は4世紀頃に中国に入り東晋で活動した北インド出身の訳経僧で、『阿弥陀経』を翻訳した鳩摩羅什(クマーラジーヴァ)と同時代人。ともに中国で活躍した西域出身の仏教僧である。共訳者の宝雲は河北出身、高名な法顕三蔵に同行してインドまで赴いた訳経僧で梵語に通達していた。

漢訳にはこの二巻以外に4種(すでに失われたもの含め五存七欠と言い慣わす)、他に断片を含めたサンスクリット語の原典数種、チベット語をはじめ、コータン語やソグド語訳など中央アジアの言語に訳されたものも現存する。

 

善導和尚(ぜんどうかしょう)

大業九年(六一三)から永隆二年(六八一)に在世、中国唐初に活動した阿弥陀仏信仰者であり、日本の浄土教に多大な影響を与えた。法然上人をして善導流と言わしめたその浄土思想の骨子は下記の通りである。

  1. 一切の衆生は現生においては(この身、この世では)成仏することが難しい。つまり能力の劣った凡夫である。
  2. その凡夫が輪廻から解脱する唯一の方法は、阿弥陀仏の本願を信じ、その本願のままに称名念仏を行うことである。
  3. それにより、阿弥陀仏は必ず自ら来迎し、極楽浄土への往生を果たすことができる。

当時の中国仏教界を席巻していた玄奘門下の唯識教学によれば、下品(能力の最も劣った人たち)が往生できるのは、報土(真実の仏国土)ではなく化土(衆生の機根に応じて変化した仮の仏国土)であった。またその他のいわゆる聖道門の諸師によっても、凡夫が真実の報土に往生できることは否定される。善導の主張の独創性は、ごく普通の人である凡夫が、凡夫であるままに、信心と念仏により救われていく道を示した点にこそある。

 

念仏

仏を念ずること、憶念すること。念ずる(smṛti)とは「心に留めおくこと」。釈尊在世時代には、修行の一環として「仏」を思い浮かべることが実践され(仏隨念)、時には遠隔にある釈尊に思いを馳せ、あたかも身近に存在するかのような功徳を期待することも行われていたようである。また古来より仏教徒は必ず「南無仏」と口に出して称えて、仏への帰依の念を表明してきた。

『無量寿経』において説かれる「念」の原義は、「心を起こす」あるいは「心をもって随念する」となっている。しかしながら、『観無量寿経』の特に下品下生の段には「声をして絶えざらしめ、十念を具足して、南無阿弥陀仏と称す」とあり、「念を具足して称える」意味を示すという。善導が著した注釈である『観経疏』においては、「念」は「声」であるとされており、往生のための行である「念仏」を「声に出す」という口業として捉えようという意識が明確になる。

さらにそれらを受けた法然上人は、「声はこれ念なり、念はすなわちこれ声なる」として、念声是一の解釈を打ち出した。つまり、浄土宗における念仏は声に出して「南無阿弥陀仏」と称えることであり、この本願の念仏によってこそ往生が果たされるのである。

 

法身(ほっしん)

仏はさまざまな姿を顕わして衆生を導く。仏の姿(現れ方)が示す意味やその働きについて、法身・報身(ほうじん)・応身(おうじん)の三種に分類したのが「三身(さんじん)」と言われるもので、そのうちの法身(dharmakāya ダルマカーヤ)とは、永遠に失われることのない不滅の真理であり、仏の本質のこと。

 

相好(そうごう)を観念(かんねん)する

「相好」は仏の姿・形を指す。つまり、仏の荘厳なる色相(すがた・かたち)やその功徳を心に思い浮かべて、深い禅定の境地に入っていこうとすること。

 

目出度(めでた)き

「立派な、素晴らしい、価値のある」との意味で用いている。

 

【現代語訳】

本願というのは、阿弥陀仏が悟りを得て仏となる以前、かつて法蔵菩薩と呼ばれる修行者だったはるか昔のこと、(自ら建設を志す)仏の国土を浄め、衆生を救済するために、世自在王如来(世間において自在であると称される仏)の前で48の誓いを立てたが、さらにその(48の願の)中で、すべての衆生が往生を果たすことを目的とする特別な誓願を起こした。それこそが念仏往生の願と呼ばれるものである。

つまり『無量寿経』の上巻には次にようにある。

「もし、わたくし法蔵菩薩が仏の位を得たとして、あらゆる世界の衆生が心から信じて、わたくしの国に生まれたいと願い、わずか10回でも心で念じて、それでももし生まれることが出来ないようであれば、わたくしは決して覚りを開かないであろう」

 

善導和尚はこの願を次のように解釈する。

「もしわたくしが仏となるとして、あらゆる世界の衆生の中で、わたくしの名を称えることわずか10回の者までも、もし(わたくしの建設する国に)生まれることがないならば、わたくしは覚りを開かないであろう」

そしてさらに仰っている。

「その阿弥陀仏は、まさにこの瞬間に(みずから建設を誓った国土である)極楽浄土にあって、(既に誓願を果たして)仏となっておられる。だからこそ、知るべきである。かつて仏が菩薩時代に誓った願いは、決して実を結ばない空しいものではなかったことを。衆生が仏の名を呼べば、必ず往生を果たせるのだ」

 

念仏とは、真理そのものである仏を深く心に刻み、忘れないように思い続けることでもなく、仏の優れたお姿を心に思い描くことでもない。ただ真心を込めて、ひたすら阿弥陀仏の名号を声に出して称える、このことを念仏と申すのだ。だからこそ(善導和尚は上で)「わたくしの名を称えること」と仰っているのだ。

(このように)念仏以外のすべての修行は、阿弥陀仏の本願(によって保障された修行)ではないので、たとえ立派で価値ある修行であっても念仏には及ばないのである。

おおよそ、その仏の国に生まれたいと願う者は、その仏の誓いに従うべきである。したがって、阿弥陀仏の国土(である極楽浄土)に生まれ出たいと願う者は、(他ならぬ彼の)阿弥陀仏の誓願に従うべきなのである。

 

 

選択本願念仏とは、仏によって「選択」され、浄土への往生する方法として「本願」に定められた「念仏」のことである。そしてその「念仏」は、無相の法身を対象とする念仏(憶念)でもなく、有相の報身を対象とする念仏(観念)でもない。念仏がそのようなものであると従来理解されていたように、真理の感得を目的とするものではなく、深い禅定(ヨーガ)の体験を目指すものでもない。

ただ仏の名を呼び、仏への全幅の信頼を表明すること、それがここで示される念仏である。

善導大師は無量寿経の願文にあった「十念」をあえて「称我名号下至十声(我が名号を称すること、下十声に至るまで)」と解釈した。確かに梵語では字義通りには「念ずる」と伝承される。しかしながら善導大師がこのように解釈したのは、如来の真意が大慈悲にあると確信してのことであり、本願に誓われた念仏一行により凡夫が救われゆく道がここに初めて開示されたのである。

合掌

法然上人御法語第四

第4 出世本懐(しゅっせのほんかい) gohougo

 

~ブッダはこの教えを説くために出現されたのだ~

 

【原文】

念仏往生(ねんぶつおうじょう)の誓願は、平等の慈悲に住(じゅう)して発(おこ)し給(たま)ひたる事なれば、人を嫌う事は候(そうら)はぬなり。佛の御心(みこころ)は、慈悲をもて体とする事にて候(そうろ)ふ也。されば観無量寿経には、「仏心(ぶっしん)というは大慈悲これなり」と説かれて候(そうろう)。

善導和尚(ぜんどうかしょう)、この文(もん)を受けて、「この平等の慈悲をもては、普(あまね)く一切を摂(せっ)す」と釈し給へり。「一切」の言(ごん)、広くして、漏るる人候ふべからず。されば念仏往生の願は、これ彌陀如来の本地(ほんじ)の誓願なり。余(よ)の種々(しゅじゅ)の行は、本地(ほんじ)の誓いに非ず。

釈迦も世に出(い)で給ふ事は、彌陀の本願を説かんと思(おぼ)し食(め)す御心にて候へども、衆生の機縁(きえん)に随ひ給ふ日は、余の種々の行をも説き給ふは、これ随機(ずいき)の法也。佛の自らの御心の底(そこ)には候はず。

されば念仏は彌陀にも利生(りしょう)の本願、釈迦にも出世の本懐(しゅっせのほんがい)なり。余の種々の行には、似(あら)ず候也。

☆出典 『勅伝』第二十八

dai4-1 dai4-2

 

【ことばの説明】

念仏往生の誓願

『無量寿経』に説かれている、修業時代の阿弥陀仏が、仏となる必要条件として誓った四十八願中の第十八願のこと。

「あらゆる世界の衆生が心から信じてわたくしの国に生まれたいと願い、わずか10回でも念仏を試みて、それでももし生まれることが出来ないようであれば、決して仏とはならない」との願。

 

人を嫌う

「嫌う」は、分け隔てる、差別すること。

つまり、念仏往生の誓願は何らかの条件によって選別された人だけを対象とするものではなく(救いの対象を限定するものではなく)、全ての人を対象としたものであるということ。平等思想であることの表明。

 

彌陀如来の本地(ほんじ)の誓願

「本地」とは「本来の姿、本体」のこと。

ここでは「念仏往生の願」が、彌陀如来(阿弥陀仏)が仏となる以前、菩薩として修行していた時代に立てた誓願であることを意味している。

 

普(あまね)く一切を摂(せっ)す

「普く」は「広く、すみずみまで、漏れなく」、「一切」は「全て」ここでは全ての衆生、「摂す」は「収め取る」つまり「救い取る」の意味ととる。

 

余の種々の行

念仏以外のさまざまな修行のこと。

仏の教えは「八万四千(はちまんしせん)の法門」といわれるように、様々な経典において、様々な修行法(実践法)が説かれている。

しかしながら、それらの様々な行は、決して並列的に考えられているのではない。阿弥陀仏の本地の願において「念仏」こそが往生する為の最も優れた行として取り上げられていることを根拠に、念仏がその他の行から明確に差別化されている。

 

衆生の機縁

「衆生」とは原語でsattva、意味するところは「生きとし生けるもの(生類)」のこと。

特に、六道の中の迷いの境涯である「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間」を指すことが多い。

また「有情(うじょう)」という訳語もある。文字通り感情や意識、つまり心を持つ存在を指しており、当然これも人間に限定される訳ではない。

 

「機縁(きえん)」とは「根機(こんき)・因縁(いんねん)」を略したもの。

根機(こんき)とは衆生の持つ資質(素質・能力)のこと、そして因縁(いんねん)とは、何らかの結果(果報)をもたらす直接的な原因である「因(hetu)」と、間接的な条件である「縁(pratītya)」を指す。

ここでは、【仏の教えを受ける側の衆生の資質(素質・能力)】と、【そのような資質を持つ衆生が、仏の教えに触れられた】という2つの条件が揃って、初めて教えが説かれるという事態が成立すること、言い換えると、われわれ衆生の持つ資質が、仏が教えを説くきっかけとなっていることを意味している。

仏の教えが「八万四千の法門」となったのは、それを聴く衆生の側に、さまざまな「機」が存在したからであり、仏は各々の「機」に最適な法を説いたのである。

 

随機(ずいき)の法

衆生の持つ資質(素質・能力)に従った法、すなわち、聴き手に応じて説かれた教え。

 

利生(りしょう)の本願

「利益(りやく)衆生」のこと。

仏や菩薩が衆生に利益を与えること、またはその利益。

ここでは念仏往生の願が、阿弥陀仏が衆生に利益を与える目的で立てた本願であることを言っている。

 

出世の本懐(しゅっせのほんがい・しゅっせのほんかい)

釈尊がこのわれわれの住む迷いの世界である娑婆世界に生まれ出た本来の目的のこと。

もちろん、その目的が衆生に覚りの内容を示し、覚りを開かせるためであることは言うをまたない。しかしながら、さまざまな経においてさまざまな内容が説かれている現状では、それらの中でもっとも説き示したかった教えは本当は何なのか?という疑問も生じざるを得ないだろう。結果、さまざまな異説が生まれた。たとえば、釈尊の出世本懐の経について、天台宗では『法華経』、華厳宗では『華厳経』としている。

それはまた各々の拠って立つ立場の相違も反映している。浄土宗では衆生の済度(救済)は、賢愚善悪(けんぐぜんあく)に関係なく平等になされるものである筈だとの立場から、出世の本懐は阿弥陀仏の本願による念仏の教えを弘めることにあったとしている。

 

 

【現代語訳】

念仏往生の誓願は、あらゆる衆生に平等に適用される、慈悲の心によって起こされた誓いであるから、その救いの対象となる人を分け隔てるということは決していない。だからこそ『観無量寿経』に、「仏の心は、偉大な慈悲の心に他ならない」とはっきり説かれているのである。

彼の善導和尚はこの一文を受けて、「阿弥陀仏は、この平等の大慈悲により、漏れなく全ての衆生を救い取って下さる」と解釈している通りである。ここに「一切」という言葉の意味はまことに広く、漏れ落ちる人がある筈があろうか。だからこそ念仏往生の願は、阿弥陀仏がかつての修行時代に、仏となる為に立てられた願なのであり、念仏以外のさまざまな修行はそうではないのである。

釈尊が、このわれわれの住む迷いの世界である娑婆世界にかつて生まれ出られたのも、実は阿弥陀仏の本願を説こうとされた御心によるものだったが、衆生の資質や置かれた状況に合わせて教えを説こうとされた際には、念仏以外のさまざまな修行を説かれる結果となったのである。ただしこれはあくまでその時の聴き手に応じて説かれた教えであり、釈尊自身が心の底から説きたいと考えられたものではなかった。

そうであるからこそ念仏は、阿弥陀仏にとっては、まさに衆生に利益を与える為の本願であり、釈尊にとっては、この世界にお出ましになって本当に説きたかった教えであったのだ。その他のさまざまな修行とは、このように異なるものなのである。

 

 

「出生の本懐」それは仏が仏として世に出られた本当の目的を表現したことばである。

「出生の本懐」は重いことばだと思うが、同時に、私たち衆生の切実なる期待(そして大きな願い)を表現していると感じる。

仏に恋い焦がれ、仏と同じ境地にたどり着きたいと願う者、あるいは今世(つまり人生そのもの)に絶望し、心の底から安楽なる世界へ超出したいと願う者、それらの者が望むのは一体何だろうか?それは、何らかの前提条件を設けずに、思い立ったその時に実践でき、その効果が確実な修行であろう。私たち自身に与えられたこの身体をもって、仏の浄土に迎えとられていくための方法論であろう。それこそが「仏の名を称すること」すなわち「念仏」であると表明されている。そしてその確実性は彼の仏自身によって誓われているのである。

釈尊はそれを説き示された。人がブッダとなれることを2500年前に自らの身をもって証明された釈迦族の王子は、そののちの世に生を受け、未だ見ぬ仏を想い、その教えに焦がれる衆生に最適な道を、浄土への往生という道を示されたのである。

合掌

法然上人御法語第三

第3 聖浄二門(しょうじょうにもん)

 

~わたくしが偉いのではない。

わたくしのちからで念仏が尊いわけでは決してない…

 

【原文】

或る人、「上人の申(もう)させ給(たま)う御念佛(おねんぶつ)は、念々ごとに佛の御心(みこころ)に適(かな)い候(そうろ)うらん」など申しけるを、「いかなれば」と上人返し問われければ、

智者(ちしゃ)にておわしませば、名号(みょうごう)の功徳をも詳しく知ろしめし、本願(ほんがん)の様(さま)をも明らかに御心得(おんこころえ)ある故に」と申しけるとき、

「汝本願を信ずる事、まだしかりけり。弥陀如来の本願の名号は、木こり、草刈り、菜摘み、水汲む類(たぐい)ごときの者の、内下(ないげ)ともにかけて一文不通(いちもんふつう)なるが、称(とな)うれば必ず生まると信じて、真実に願いて、常に念佛申すを最上の機(き)とす。

もし智恵をもちて生死(しょうじ)を離るべくば、源空(げんくう)いかでか彼(か)の聖道門(しょうどうもん)を捨てて、此(こ)の浄土門(じょうどもん)に趣(おもむく)べきや。聖道門の修行は、智恵を極めて生死を離れ、浄土門の修行は、愚痴(ぐち)に還りて極楽に生まると知るべし」とぞ仰(おお)せられける。

☆出典 『勅伝』巻二十一、「信空上人伝説の詞」(昭法全六七一頁)

 

【ことばの説明】

聖浄二門(しょうじょうにもん)

浄土宗では、全ての仏教を聖道門と浄土門の2つに大別する。この2つの道を聖浄二門と呼ぶ。

本文にもあるように、「聖道門」とは智慧を極めることで迷いを離れる道であり、「浄土門」とは自分自身の愚かさを自覚し、仏の本願の力を頼って極楽浄土への往生を目指す道である。

前者は、この現世において自力の修行で菩提(覚り)を得ようとするが、後者では、まずは仏の設えた仏国土である西方浄土への往生を果たし、修行に適した安楽なその国土で修行を完成させて菩提を得る事を最終目的としている。

 

智者

文字通り「知恵のある者」。

ここでは法然上人が、当時の最高学府であり権威の象徴でもあった比叡山や、南都の諸寺にて学問研究を重ね、学僧として誉高かった点を言っているのであろう。

 

名号(みょうごう)

阿弥陀仏の名前のこと。

 

本願(ほんがん)

ことばの意味は、サンスクリットでpūrva-praṇidhāna、つまり「(時間的に)以前の誓願」、転じて「仏が仏になる以前(つまり修行時代)にたてた誓願」を意味する。阿弥陀仏がまだ仏となる前の修行時代、法蔵と呼ばれる出家者だった時に「これらの誓いが完成しない限り仏とはなるまい」として誓った四十八願が「本願」の代表的なものである。

浄土宗で最も重視するのは四十八願中の第十八願で「念仏往生願」と呼ばれる。

それは「わたくし(法蔵)が仏となる際に、あらゆる世界の衆生が心から信じてわたくしの国に生まれたいと願い、わずか10回でも念仏を試みて、それでももし生まれることが出来ないようであれば、決して仏とはならない」という内容で、法蔵が既に仏となり西方浄土におられるならば、既にこれらの誓いが成就していることを意味する。すなわち、念仏による極楽浄土への往生が約束されたものとして、既に私たちに示されているのである。

 

一文不通(いちもんふつう)

ただ一つの文字の読み書きさえも出来ないこと。

 

愚痴(ぐち)

サンスクリット語のモーハ(moha)の訳語であり、一説には「バカ」の語源となったと言われる。

一言で言えば「愚かなこと」「心の迷いのせいで真実の姿が見えず、適確な判断が下せない状態」を意味する。

仏教では、この愚痴に貪欲(むさぼり)と瞋恚(怒り)を加えた三毒を最も根本的な三つの煩悩として数える。覚りを得て迷いを離れるには、この克服し難き三毒を克服しなければならないとされていた。

 

【現代語訳】

あるとき、ある人が法然上人に申し上げた。

「法然上人が称(とな)えられている念仏は、その一念一念、一回一回ごとが、阿弥陀仏のご意向にぴったりと合った、まさに仏の本意に即したものなのでしょう」と。

上人は「どういう理由で(そのように申すのか)?」と、反問された。

問うた人が答えるには、

「(法然上人は)智慧深い方でいらっしゃるので、お称えする仏の名号(”南無阿弥陀佛”の6文字)に具わっているとされる優れた徳性や、仏が誓われた本願(誓い)についても、一般の人よりは遥かに深い理解に達しておられると考えるからです」と答えた。

それに対して法然上人は次のように仰った。

「あなたの本願への信頼はその程度だったのか?

(たとえば)木を切ることを生業(なりわい)とする人や、草を刈ることを生業とする人や、野菜を摘み取り、水を汲むことだけを生業とするような人々、このような学問を必要とせず、智慧とは縁遠いと思われている人々であったり、仏典やそれ以外の書物についても何一つ知らない人がいるとしよう。

阿弥陀如来の本願である名号というものは、

もしそのような人が<称えさえすれば、必ず浄土に生まれることが出来るんだ>と信じて、心の底から願い常に念仏を口に称えるとすれば、そうした人々こそを救済の対象として選ぶものなのだ。

さらにもし、(あなたの言う)智慧によって、生まれ変わりを繰り返すこの迷いの境遇から離れることが出来るとすれば、わたくし源空が、どうしてあの聖道門を捨てて、この浄土門に絶対の信頼を置き、その道に従ったというのか?(もし、智慧によって迷いの境遇から離れられるならば、わざわざ聖道門を捨てる必要はあるまい)

(わたくしが捨てた)聖道門の修行は、智慧を極めることで迷いを離れる道である。

一方の浄土門の修行は、常に迷っている愚かな自分に立ち返り、まさにその地点から、対極にあるところの極楽浄土に生まれ変わる(往生する)道である。

このことを理解しなさい」

 

 

当時の一般仏教である「聖道門」を知り尽くした法然上人が、それとの対比として、新たな「浄土門」を鮮やかに切り出してくる一文である。

聖道門はその名の通り「聖者の道」、つまり自らの力を信じ頼って、この世で修行を完成して仏と成ることを目指すあり方である。それに対して他者である仏の本願の力を信じ頼って、この世での覚りではなく西方浄土への往生を目指す浄土門とは、覚り(仏となること)という最終目的は一緒でも、その方法論がまるで異なっている。

しかしながらさらに重要な点は、ここでの法然上人が、自分自身が「愚者」であり「智者」ではないことに拘っている点かも知れない。

法然上人に投げかけられる問いには、既に「智者の念仏」と「一般人の念仏」に区別を設けようとする意図が見受けられる。それは法然浄土教の教えに確かに内在している平等主義に反するものであろう。そう、法然上人の説く浄土教は、過激なまでの平等主義に発展する素地がある。何故なら、地上の世俗的な身分、貧富の差、境遇の違い、あらゆる差別が、「愚者の自覚」という一点において無効化されてしまうからである。

あたかも釈尊の教えにあった「諸行無常(全ての事象は変化し、過ぎ去るものである)」や「一切皆苦(畢竟するところ、この世で生を受け、それを全うするまでの経験は、苦悩である)」という思想が、原則的には全ての人が逃れることのできない様相であったが故に、カーストを無効化する思想的原理となりえたように。

だれでも(たとえ国王でも、大富豪でも、出家者でも、貧者でも、病者でも…)過ぎ去る事象に翻弄され、四苦八苦に代表される苦悩から逃れることは出来ない。

ともあれ、時にはこうした質問を受けることもあったのであろう。法然上人は、相手のことばと意図を即座に読み取り、それぞれに最も適切な回答ができる巧みな話者だったであろう事が伺える一文である。

合掌

 

法然上人御法語第二

第2 立教開宗(りっきょうかいしゅう)

~このわたくしにも身を寄せることができる教えがあった..実践可能な道があったのだ!~

 

【原文】

おおよそ仏教おおしといえども、所詮(しょせん)戒定恵(かいじょうえ)の三学(さんがく)をば過ぎず。いわゆる小乗(しょうじょう)の戒定恵、大乗(だいじょう)の戒定恵、顕教(けんぎょう)の戒定恵、密教(みっきょう)の戒定恵なり。

然(しか)るに我がこの身は、戒行(かいぎょう)において一戒をも持(たも)たず、禅定(ぜんじょう)において一つもこれを得ず。人師(にんじ)釈して、「尸羅(しら)清浄ならざれば三昧(さんまい)現前(げんぜん)せず」と云えり。

又、凡夫(ぼんぶ)の心は物に従いて移り易し。譬(たと)えば猿猴(えんこう)の、枝に伝うがごとし。実(まこと)に散乱して動じやすく、一心静まり難し。無漏(むろ)の正智(しょうち)何によりてか発(おこ)らんや。もし無漏の智剣(ちけん)なくば、いかでか悪業煩悩(あくごうぼんのう)のきずなを断たんや。悪業煩悩のきずなを断たずば、何ぞ生死繋縛(しょうじけばく)の身を解脱(げだつ)する事を得んや。悲しきかな、悲しきかな。いかがせん、いかがせん。

ここに我等ごときは、すでに戒定恵の三学の器(うつわもの)にあらず。この三学の外(ほか)に、我が心に相応する法門(ほうもん)ありや、我が身に堪えたる修行やあると、よろずの智者に求め、諸(もろもろ)の学者に訪(とぶら)いしに、教うるに人もなく、示すに倫(ともがら)もなし。

然る間、嘆き嘆き経蔵(きょうぞう)に入り、悲しみ悲しみ聖教(しょうぎょう)に向いて、手ずから自ら披(ひら)き見しに、善導和尚(ぜんどうかしょう)の観経(かんぎょう)の疏(しょ)の、「一心に専(もっぱ)ら弥陀の名号(みょうごう)を念じ、行住坐臥(ぎょうじゅうざが)に時節(じせつ)の久近(くごん)を問わず、念々に捨てざる者(もの)、これを正定業(しょうじょうのごう)と名づく、彼の佛の願に順ずるが故に」という文を見得て後(のち)、我等がごとくの無智の身は、偏(ひとえ)にこの文を仰ぎ、専らこの理(ことわり)を憑(たの)みて、念々不捨(ねんねんふしゃ)の称名(しょうみょう)を修して、決定往生(けつじょうおうじょう)の業因(ごういん)に備(そな)うべし。

☆出典「聖光上人伝説の詞」昭法全四五九

 

【ことばの説明】

立教開宗(りっきょうかいしゅう)

立教開宗とは「教えを立て、宗を開く」こと。

数ある「法然上人伝」が語るところによれば、上人が諸行(念仏以外の実践)を捨て、専修念仏(せんじゅねんぶつ) に帰したのは、承安5年(1175)の春3月であるとされ、浄土宗はこの年をもって「立教開宗」(浄土宗が開かれた年)としている。

そして今回ご紹介する御法語の後半に出る善導大師『観経疏(かんぎょうしょ)』の一文

「一心に専(もっぱ)ら弥陀の名号(みょうごう)を念じ、行住坐臥(ぎょうじゅうざが)に時節(じせつ)の久近(くごん)を問わず、念々に捨てざるもの、これを正定業(しょうじょうのごう)と名づく、彼の佛の願に順ずるが故に」を「立教開宗の文」と呼び、非常に大切なものとしている。

法然上人はこの一文に出会うことで、大きな宗教的な転換(改心)をされたのである。

なぜならここには「聖者ではない凡夫であっても救われる」浄土門の道が、「弥陀の名号を念じ」という実践の容易な方法論とともに明示されており、法然上人自身がこの教えによって救われ、この教えこそが修行を完成できる環境ではない末法濁世(まっぽうじょくせ)の世界に最も適合した教えであり、教えを求める全ての人に開かれた教えであることを確信されたからである。

浄土宗は、法然上人のこの確信から始まった。

 

戒定恵(かいじょうえ)の三学(さんがく

仏教の実践を3つの側面から整理したもの。

 

第一に「戒」とは修行者に求められる行動の規範。仏教者が心がけるべきいましめ。

第二に「定」(禅定 ぜんじょう)とは心の散乱を防ぎ、平静に保つ実践法。

第三に「慧」(智恵)とは煩悩に曇らされない眼で、すべての物事の真実の姿を見極める智慧の事。

 

小乗(しょうじょう)

原語で「ヒーナヤーナ」といい、小さな(つまらない)乗り物の意味。

自己の宗教的な目的の達成を優先し、他者の救済や導きを軽視する立場とされる。

 

大乗(だいじょう)

原語で「マハーヤーナ」といい、大きな(優れた)乗り物の意味。

自己の悟りよりも他者救済を重視し、多くの人々を仏陀と同じ悟りに導く事を目指す立場とされる。

 

顕教(けんぎょう)

経典に記された言葉や文字で明らかに説き示された教え。密教以外の仏教のこと。

 

密教(みっきょう)

経典の言葉には明示されない真理を、秘密の教義と儀礼によって伝承しようとする立場。

 

人師(にんじ)釈して

権威ある仏教者を指す。ここでは天台教学の大成者である中国の天台大師智顗(538~597年)を指す。釈迦の一代仏教を段階的に組織立てて整理した当代一流の大学者であり、南岳慧思(なんがくえし)に親しく禅を学んだ実践者でもあった。

 

尸羅(しら)

サンスクリット語の「シーラ」の音を写した語で、三学の「戒」と同じ。

 

三昧(さんまい)

サンスクリット語の「サマーディ」の音を写した語で、三学の「定」と同じ。

心を一つのものに集中させて、安定した精神状態に入る事を目指すインドに伝統的な実践方法。

 

無漏(むろ)の正智(しょうち)

「漏(ろ)」とは煩悩の汚れの事、「無漏」は煩悩に汚されないものという意味で、「無漏の正智」とは、煩悩に汚されない眼で正しくあるがままに物事を見る事ができる聖者の智恵の事。

 

悪業煩悩(あくごうぼんのう)

「悪業」は仏教的な観点からみた〈悪い行い〉、「煩悩(クレーシャ)」は〈汚れた心〉という意味だが、仏教ではそれが転じて、私たちを悩まし、損ない、誤りに導く〈善くない心〉全般を「煩悩」と呼ぶようになった。

 

解脱(げだつ)

迷妄の束縛から開放されて完全に自由になること。仏教では〈悟り〉〈涅槃〉に同じ。

 

経蔵(きょうぞう)

三蔵の一つ。「三蔵」とは全ての仏教典籍を集成したもので、「経蔵」、「律蔵」、「論蔵」からなる。「経蔵」とは仏陀の言葉の集成である経典、「律蔵」とは修行者の行動規範や教団の運用規則の集成、「論蔵」とは経典の解釈から始まり、仏教の教えを思想的に純化させ哲学として独立させた典籍の集成。

ここでは「経蔵」は、巻物としての仏教典籍を集め収めた蔵のことを指している。

 

善導和尚(ぜんどうかしょう)の観経(かんぎょう)の疏(しょ)

善導和尚は唐代中国の学僧で、浄土思想家であり実践者。称名念仏(口で称える念仏)による凡夫の往生が可能である事を主著『観経疏(観無量寿経に対する註釈書)』で開示し、法然上人の浄土思想に多大な影響を与えた。法然上人は、「偏依善導(ひとえに善導による)」と言われたように、善導をみずからの思想と行動の軌範とし、最大の信頼を寄せていた。

 

【現代語訳】

同じ仏教でも、非常に数多くの教えが説かれているが、要するに仏教は〈戒定慧〉という「3つの実践」に収めることができる。

この考え方によれば、いわゆる小乗仏教には小乗仏教の〈戒定慧〉があり、それに対し大乗仏教には大乗仏教の〈戒定慧〉が存在する。同じく顕教には顕教の、密教には密教の、それぞれの〈戒定慧〉があるということになる。

しかしながら、じつのところ私は、このように仏道の基本柱である〈戒定慧〉という実践のうち、〈戒律〉ではただ一つの戒を守ることもできず、〈禅定〉を行っても何一つ上達することがない(ことを告白する)。

ある高僧が言うには、「戒を守りその身を清らかに保つことができないならば、禅定において心を集中させ、仏を眼前にありありとまみえる境地になど達することができない」ということだ。

また私たち凡夫(能力が特別に優れているわけではない普通の人)の精神状態というのは、常に目の前のものにとらわれて移ろいやすく、まるでサルが木の枝を次から次へと飛び移っていくかのようなもので、一瞬たりとも心を落ち着けて一つの対象に集中しているということができない。

そのような状態の私たちに〈正しくあるがままに物事を見る汚れのない智慧〉は、いったいどのように生じるというのか?

またもしこの〈優れた智慧〉がないとするならば、いかにして〈悪い行いや汚れた心〉を断ち切ることができるというのか?

そのようにして〈悪い行いや汚れた心〉を断ち切ることがなければ、いかにして生まれ変わり死に変わりを繰り返す私たちのこのからだを、迷いの束縛から解放させることができるというのか?

ああ、なんと悲しいことか。このままでは苦しみからの解放もかなわず、迷いの生死を繰り返すばかりではないか?

いったいどうすればよいというのか?

そうだ、私たちのような存在は、仏道修行の要である〈戒定慧〉という「3つの実践」に耐えることができる器量ではないのだ。

ではこの〈戒定慧〉以外に、愚かな私に見合う教えはあるだろうか?

この私に耐えられる修行はあるだろうか?

このように考え、たくさんの賢者や学者を訪ねたが、ついに答えは見出せず、道を示してくれる者はいなかった。

 

そうした中、悲嘆に暮れならがらも、経典を収蔵した蔵にこもり、今一度、仏や偉大な先達の尊い言葉の数々を、それこそ手あたり次第に一つ一つ隅から隅まで目を通してみた。

すると、中国の善導和尚が記した『観経疏』の中の一節に、

「ただひたすらに阿弥陀仏の名前を念じ、歩くときも、立ち止まるときも、あるいは座るときも、立ち上がるときも、およそ日常生活のあらゆる場面で、時間の長さにこだわらず、仏の名前を念ずることを止めないこと、これを〈正しく定まった行い〉であると名づける。なぜならば、これこそが阿弥陀仏の本願にかなった修行であるから」

という一文を見出したのだ。

この言葉に出会い、私たちのような智慧のない凡庸な存在は、ただひたすらにこの一文を仰ぎ、もっぱらここに言われた道理を信じて、常に口に出して称える念仏を実践し、それを保ち続けることで、必ず極楽往生が遂げられるように備えるべきであると思い至ったのである。

 

 

ここで法然上人は、自らの内面と、自らの置かれた状況とを、まことに正直に語っておられるように思う。ここでは、上人自身が仏道修行に耐えられる器ではないという。もっと言えば、修行を重ね学問を積んでも、一向に修行の完成が見えない焦燥と絶望さえ感じられる。

伝えるところによれば、上人はその持戒堅固な清僧ぶりが評価され、学徳兼備誉れ高いといわれていた。その上人ご自身が、自分は修行に耐えられず成仏もできない凡夫であると言い切っているのである。

また同時に、そうした存在であるにも関わらず、仏により救われる道があると明言されているのである。それが、阿弥陀仏の誓いを信じ、それに乗じようとする念仏の道である。

まずは思う。このインパクトはいかほどのものだったか?

当時、法然上人のもとにはせ参じた者たちは、確信したに違いない。

この方こそが本物の聖者であり学者ではないか?

もしくは、この方であれば全幅の信頼を寄せるに足る人物なのではないか?

 

当代一流の学者が、他人事ではない自身の問題として、仏法を考え抜かれた、そして末法の渦中にある当事者として、実存の問題を克服し見出された結論、それが念仏による往生の道だった訳である。

私は今一

度、当時の仏教界に法然上人の「立教開宗」が与えたであろう衝撃を思い、その意味をかみしめたいと思っている。

合掌

法然上人御法語第一

第1 難値得遇(なんちとくぐう)

~教えに出会えたありがたさ~

 

【原文】

それ流浪三界(るろうさんがい)のうち、何(いず)れの界(さかい)に趣(おもむ)きてか 釈尊(しゃくそん)の出世(しゅっせ)に遇(あ)わざりし。輪廻四生(りんねししょう)の間(あいだ)、何れの生(しょう)を受けてか 如来(にょらい)の説法(せっぽう)を聞きかざりし。

華厳開講(けごんかいこう)の莚(むしろ)にも交わらず、般若演説(はんにゃえんぜつ)の座にも連ならず、鷲峰説法(じゅぶせっぽう)の庭にも臨まず、鶴林涅槃(かくりんねはん)の砌(みぎり)にも至らず。我れ舎衛(しゃえ)の三億の家にや宿りけん。知らず、地獄八熱(じごくはちねつ)の底にや住みけん。恥ずべし、恥ずべし。悲しむべし、悲しむべし。

まさに今、多少曠劫(たしょうこうごう)を経ても生まれ難き人界(にんがい)に生まれ、無量億劫(むりょうおっこう)を送りても遇い難き仏教に遇えり。釈尊の在世(ざいせ)に遇わざる事は悲しみなりといえども、教法流布(きょうぼうるふ)の世に遇う事を得たるは、これ悦(よろこ)びなり。譬えば目(め)しいたる亀の、浮き木(うきぎ)の穴に遇えるがごとし。

我が朝(ちょう)に仏法の流布せし事も、欽明(きんめい)天皇、天(あめ)の下を知ろしめして十三年、壬申(みずのえさる)の歳(とし)、冬十月一日、初めて仏法渡り給(たま)いし。それより前(さき)には、如来(にょらい)の教法(きょうぼう)も流布せざりしかば、菩提(ぼだい)の覚路(かくろ)いまだ聞かず。

ここに我等、いかなる宿縁(しゅくえん)に応え、いかなる善業(ぜんごう)によりてか、仏法流布の時に生まれて、生死解脱(しょうじげだつ)の道を聞く事を得たる。

然るを、今、遇い難くして遇う事を得たり。徒(いたず)らに明(あ)かし暮らして止(や)みなんこそ悲しけれ。

☆出典 「登山状」昭法全四一六

 

【ことばの説明】

流浪三界(るろうさんがい)

大海で波に押し流されるように、迷える衆生(生き物)が苦しみや悩みにほんろうされて生きているさま。三界とは三つの世界。欲望が強い者が住む「欲界」と、欲は離れたが、美しさや姿かたちにとらわれた者が住む「色界」と、欲も色も離れた神々が住む「無色界」の事。

 

華厳開講(けごんかいこう)鶴林涅槃(かくりんねはん)

かつてお釈迦が悟りを開かれて最初に説いたのが『華厳経』の教えだった。しかしあまりに難解だった為、わかりやすい『阿含経』を説いた。そののち人々の理解の度合いに応じて、『般若経』や『法華経』、『涅槃経』などを段階的に説いたと言われている。

ここで法然上人は、

法然上人ご自身がいままでに無数の生まれ変わりを繰り返してきたにも関わらず、仏教を開いた釈迦が説法する場にも居合わすことができず、会うことすら叶わなかったことを心から嘆かれているようだ。

 

舎衛(しゃえ)

古代インドのコーサラ国の首都シュラーヴァスティーのことで、釈迦がその生涯で最も長く滞在し、多くの教えを説いたとされる仏縁の厚い土地。数多くの仏典で釈迦の説法の舞台となった。

 

地獄八熱(じごくはちねつ)

熱と焔で苦しめられる八種の地獄。八大地獄のこと。

 

欽明(きんめい)天皇(五一〇~五七一)

第二九代天皇。その治世中、朝鮮半島の百済王が仏像や経典を献じ、日本に初めて仏教が渡来したと伝えられている。

 

菩提(ぼだい)の覚路(かくろ)

覚りへと至る道、つまり仏教の教えや修行のこと。

 

 

【現代語訳】

私自身も、いままで〈三界〉といわれる苦しみや悩みの尽きることのない世界をさまよい、何度も何度も生まれ変わりを繰り返してきた。

それなのに、私はついに仏教を開かれたあの釈迦が説法する場に参加する機会に恵まれず、お会いすることもかなわなかった。

例えば、釈迦が、インドのガヤ村の菩提樹の下で悟りを開いたのち、最初に説かれた〈華厳の教え〉にも、さらにのちになって説かれた〈空の智恵の教え〉にも、あるいは<グリドラクータ山(鷲の峰)で8年かけて説法された法華経の教え>にも、<サーラ双樹のもとで説かれた最後の説法である涅槃の教え>にも、ついに間に合わなかった。

どうしてなのか?

あれほど生前の釈迦とご縁の深かったシュラーヴァスティー国の住民九億人のうちにさえ存在した、ついに釈迦の名前さえ聞かなかったという縁薄き三億人に、私自身がが含まれていたとでもいうのか?

あるいは、まさにその時この世ならぬ〈地獄〉の底で苦しみの境涯にあったとでもいうのか?

ああ、あまりにも恥ずかしいことだ! あまりにも悲しいことではないか!

しかしながら、果てしなく多くの生まれ変わりを経て、今まさに、他ならぬ人間として生を受けたのだ。そして計り知れないほどの長い時間をかけてもめぐり合うことの難しいとさえ言われる、仏の教えにめぐり合えたのだ。

かの釈迦が生きて、実際に説法されている時にはお会いできなかったことは残念だが、仏の教えが広まっている世界にこのように生を受けられたことは、まさにこの上ない喜びである。

もしこれを喩えるならば、大洋の深海の底に住む目が不自由な一匹の亀が、ただ闇雲に空気を求めて遥か水面を目指したところに、たまたま流れてきた流木に空いた小さな穴から、頭を水面に出して呼吸することができたとするならば、まさにこれと匹敵するくらいの確率でしかない偶然なのだ。

そもそも、思い返してみれば、私たちの国の長い歴史の中で、日本に仏教が伝わったのは〈欽明天皇の治世十三年目の冬、十月一日〉であり、それ以前に仏の教えが存在したわけではない。それより以前は、〈悟りへ至る道〉である仏教について、この国で知る者はいなかったのだ。

どのような前世からの縁によるものか? どのような善い行いを積み重ねてきた結果だというのか? 私たち自身には知る由もないが、なんと私たちは、苦しみや迷いの境遇から脱け出し離れる道である仏教をたずね実践することができるのである。

それなのに、ただなんとなくぼんやりと日々を過ごそうとしている。

これをやめられないことこそ、悲しむべきことではないか?

 

 

さて、ここに法然上人は残されている内容について、私が大切だと感じるのは、法然上人の仏法に対する熱い思いと情熱です。

確かに、いくら憧れてもいくら焦がれても、もう釈迦族に生を受けた覚者ゴータマブッダの生身の説法を聞くことはかなわないかもしれません。しかしながら私たちには、釈迦が残された言葉があり、教えを実践する環境があります。果てしない生まれ変わりの中で、このようなご縁に恵まれたことは、まさにぎょうこうであり、文字通り有難いことである。

法然上人はそう仰りたいのではないでしょうか?

合掌

和尚のひとりごとNo116「かんねんのねん」

 

先日、お檀家さんのところで法事のお勤めを終えた後に中学生のお子さまから『「かんねんのねん」て、なんですかと』と質問をうけました。

 「一枚起請文」の「観念の念にもあらず」の「かんねんのねん」です。

 

「念」はお念仏のことで、「観念」は「観想念仏」を意味することは、知っているとのことです。

この観想念仏がよくわからないとのこと。インターネットなどで調べてみたそうです。

「阿弥陀様 極楽の姿を心に想い描いて念ずること」と載っていたそうですが、中学生のお子さんが、「僕もお念仏を称えるときは、阿弥陀様や極楽 ご先祖様の事を想像しているけど、僕が称えるお念仏は観想念仏になるのかな」と聞いて来ました。

 

浄土宗のお念仏は口にだして称える口称念仏です。心で想像していても口に出して称えていますから浄土宗のお念仏ですよと答えてあげました。

観想念仏は、心で念ずるので口に出す必要はありません。

また、観想念仏の心に想い描く想像というのは、目を開けたままで、極楽浄土の世界や仏様 ご先祖様のお姿の細部いたるまで事細かに、例えば、地面の小石一つ、肌の質感や髭の一本々まで、目の前に現わすことですよと伝えると、中学生のお子さんは、「それは、無理」と笑っていました。

 

ありがたきは、口で「南無阿弥陀佛」と称えるだけで救われる私たちのお念仏です。

あらためて、感謝の気持ちを込めて 南無阿弥陀佛・・・・

和尚のひとりごとNo109「法然上人のご命日」

 

年が明けて一月に入りました。世間一般では、一月は正月 十日戎 成人式がある月ですが、お寺さんは、「寒行」と呼ばれる修行をする月です。

 

「寒行」とは、文字どおり寒さに耐え忍んで修行する事です。

修行は、宗派や地域によって様々です。

玉圓寺も「寒行」を、お勤めします。近隣の浄土宗のお寺さんと一緒に托鉢行脚の修行をいたします。

 

又、浄土宗にとって一月は特別な月になります。一月二十五日は法然上人のご命日になります。

和尚のひとりごとNo28でご紹介させて頂きましたが、法然上人の年忌法要は御忌(ぎょき)として、四月にお勤めさせて頂いています。

 

浄土宗檀信徒の皆様も一月二十五日には、お仏壇(一般的な浄土宗のお仏壇は、正面中央に阿弥陀様、正面右に善導大師、正面左に法然上人がお祀りされています。)の法然上人に手を合わせて、南無阿弥陀佛とお念仏をお称えしましょう。