浄土宗月訓カレンダー

和尚のひとりごとNo189「咲いて散ってまた咲く準備」

 

散る桜 残る桜も 散る桜

 

 2020sigatuこの歌は、江戸時代に活躍された良寛上人という方が詠まれた辞世の句<死に臨んで詠まれた歌>です。今は、たとえどんなに綺麗に咲いている桜であったとしても、いつかは散ってしまうという意味です。それと同じ様に、我々人間もどんなに健康で元気に過ごしていても、いずれ命尽きる時がきます。その事をしっかりと、我がごととして受け止めておきましょうという事です。

 「良馬(りょうば)は鞭影(べんえい)に驚く」という言葉があります。「良馬」、良い馬と言うのは「鞭影」、鞭(むち)の影を見ただけで走り出すと言われます。鞭で叩かれて走る馬は普通の馬です。鞭で叩かれても走らない馬は「駄馬(だば)」と言われます。これを人に喩えて、他所(よそ)に吹いた無常の風を見て、自らの無常を悟っていく事が仏教を知る事だと言われます。無常を我がごとであると知る事は、今日のこの今、生(せい)ある事の尊さを知る事でもあると言い換える事が出来るからです。

 浄土宗の二祖、聖光(しょうこう)上人は「死を忘れざれば八万の法門を、自然(じねん)に心得たるものにあるなり。」と説かれました。「死」という事を常に忘れず、我がごととして受け止めていくという事は、八万もあると言われる仏様の御教えを全て心得たものと同様だという意味です。そしてこの聖光上人は「念死念仏(ねんしねんぶつ)」と、いずれ死んでいかねばならない我が身であるという事を常に忘れず心に刻み、「南無阿弥陀佛」とお念仏を申して過ごしていかれたお方です。

 しかしこの世で命尽きても終わりではなく、その次に往く世界があります。それが西方極楽浄土です。そしてその国へ往くには、阿弥陀佛という仏様に救っていただかねばなりません。何故ならば自分の力では往く事が出来ないからです。その為の手段が「南無阿弥陀佛」とお念仏を申す事です。「南無阿弥陀佛」と唱えたその声を聞いて、阿弥陀様がお迎えに来てくださるのです。その阿弥陀様の御救いの力を、他力(たりき)と言います。我々の力ではどうする事も出来ない後の世は、全て仏様にお任せすれば良いのであります。西方極楽浄土に往けば、蓮の台(うてな)に生まれさて頂けます。その為に、今、力のある時に「南無阿弥陀佛」と唱え、共々に往生させていただく為の準備をして過ごして参りましょう。

 

和尚のひとりごとNo186「心は同じ花のうてなぞ」

 

 「シャボン玉」という童謡があります。子供の頃に聞いたり、歌った事のある方も多いと思います。

  シャボン玉飛んだ  屋根まで飛んだ

  屋根まで飛んで   こわれて消えた

  シャボン玉消えた  飛ばずに消えた

  生まれてすぐに   こわれて消えた

  かぜかぜ吹くな   シャボン玉飛ばそ

 

 野口雨情(のぐち うじょう)さんの書かれた詩です。野口雨情さんは宗教的な意味合いの深い詩を沢山創られております。この詩でシャボン玉は儚い命を表しています。日本でお念仏の御教えを弘めてくださった法然上人は、我々の儚い命を「朝露(あさつゆ)の如し」と示されました。葉っぱの上の露は、いつ落ちて消えるか判りません。たとえ葉の上に残っていたとしても、陽に照らされれば、いずれ消えていきます。我々の命というものは朝露の様に、或いはシャボン玉の様に儚い命であります。屋根まで飛んだシャボン玉はいくつあるでしょうか。飛ばずに消えたシャボン玉もあるでしょう。色々な御縁を頂戴して皆、一生懸命生きています。どんな一生を送ったとしても、「屋根まで飛んでこわれて消えた」の詩と同様に、いずれ亡くなっていかねばならないのがこの世での命です。

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 野口雨情さんの子供さんは生まれてすぐに亡くなったそうです。或る日、雨情さんの近くの子供達がシャボン玉を飛ばして遊んでいました。それを見た雨情さんは、「もし我が子が生きておったなら、今頃はこの子供達と一緒に楽しく遊んでいただろうな。」その様に亡き幼子(おさなご)に想いを馳せて書いた詩だと言われています。大正時代のお話ですから、その当時は幼くして亡くなる子供が多くいました。今の様に医療技術も、食事の面でも恵まれていなかった時代です。雨情さんはその後、何人かのお子様を授かっておられますが、幼くして亡くした子供の事はいつまでも忘れられずに、この「シャボン玉」の詩に託されたと言われています。「かぜかぜ吹くなシャボン玉飛ばそ」は、「諸行無常の風よ、吹いてくれるな」そんな思いで、親の切なる願いで書かれたのだと思われます。諸行無常の世の中ですから、たとえ屋根まで飛んでも消えていかねばなりません。しかし「必ず御浄土に参らせていただく。間違いなく阿弥陀様に迎えとっていただいて、西方極楽浄土に往生させていただくのだ。」と、口に南無阿弥陀佛とお念仏を唱えるのが浄土宗のお念仏です。この世で命尽きても、後の世は御浄土の蓮の台(うてな)に生まれさせていただける。そして縁ある方とまた再会出来ると思い定めて、日々共々にお念仏申して過ごして参りましょう。

和尚のひとりごとNo183「よく聞き考え自分のものに」

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 相手から言われた事に対して納得した時には、「了解(りょうかい)」と言います。「了解」は「領解(りょうかい)」とも書きますが、仏教語では「領解(りょうげ)」と読み、お釈迦様の説かれた内容をしっかりと理解し、行ないとして我が身に修める事です。

 「領解(りょうげ)」は「領納解知(りょうのうげち)」を縮めた言葉で、納得して解ったという事。単に頭で分かったのではなく、自分自身の体に染み込んで体得(たいとく)出来たという事で、「解(げ)」と戴きます。頭では理解出来ても、行動が伴わないと「解」とは言えません。行動はするけれども、何の為なのか、目的意識がはっきりしていない事も「解」とは言えません。仏道修行では「信行具足(しんぎょうぐそく)」と言って、「信」(信仰)と「行」(修行)とが共に備わって、本物の修行者と言われます。

 例えば素晴らしい性能の自動車があるとします。いくら性能の良い自動車であってもガソリンを入れなかったら走りません。ガソリンを入れても、運転手が居なかったら走りません。そして自分自身に自動車を運転する心得が無かったら自動車を走らす事は出来ません。いざ走らす事が出来ても、目的地が無かったら何処へ向かって、どうハンドルを切っていけばよいのか解りません。目的地が有ってこそ快適なドライブが楽しめるのです。

 南無阿弥陀佛のお念仏は、阿弥陀様に最期臨終の夕べにお迎えに来て頂き、西方極楽浄土に往き生まれさせていただく御教えです。つまり浄土宗で説く「信」とは、西方極楽浄土と阿弥陀佛の存在を信じ、お念仏を申せば必ず救われる事を信じる事です。そして日々、口に南無阿弥陀佛と唱え続ける事が「行」であります。この「信」と「行」が車の両輪の如く上手くかみ合ってこそ、自分のものとなっていくのです。我々人間の目に見えないものを信じていく事は難しい事ですが、お念仏を申し続けていく事で信仰は深まって参ります。

 耳に聞き 心に思い 身に修せば やがて菩提(ぼだい)に 入相(いりあい)の鐘

 

 お念仏の御教えを素直に聞き入れ、心に御浄土を思い、口に南無阿弥陀佛と唱え続ければ、やがて命尽きた時には西方極楽浄土に迎えとっていただき、亡き人と再会出来るのです。その事を共々に、この世を生きる生きがいにしていていただけたらと思います。

和尚のひとりごとNo180「『おはよう』笑顔かがやく」

  「笑う門には福来たる」と言われます。家族仲睦まじく生活し、日頃から笑いの絶えない和気藹々(わきあいあい)とした家庭には幸福が訪れるものです。家庭内にかかわらず、仕事場や所属する組織においても笑顔の絶えない雰囲気に包まれた場は大変居心地の良いものでしょう。2020itigatu

 仏教語に「和顔愛語(わげんあいご)」という言葉があります。「和らいだ笑顔と愛情のこもった穏やかな言葉で相手に接する事」を意味します。これは『無量寿経』の中に出てくる言葉で、阿弥陀様が四十八の誓願を立てられ、それが成就した後に求道者としての尊い行いの一つとして説かれています。笑顔で過ごす事も一つの施し、お布施であると言われるのです。お布施と言うと金品を施す事をイメージされる方が多いと思いますが、「無財(むざい)の七施(しちせ)」と言って、財産や品物でなくても出来るお布施が『雑宝蔵経(ぞうほうぞうきょう)』というお経の中に説かれています。

 

「眼施(げんせ)」:澄んだ優しい眼差しで応じる事。

「和顔悦色施(わげんえつじきせ)」:和やかな優しい笑顔で接する事。

「言辞施(ごんじせ)」:優しい思いやりのある言葉で接する事。

「身施(しんせ)」:体で出来る事は進んでさせてもらう事。

「心施(しんせ)」:心から愛情を注ぎ、思いやりの心で相手の立場になって接する事。

「床座施(しょうざせ)」:座席や場所を譲る事。

「房舎施(ぼうしゃせ)」:部屋を綺麗にしてお客様を招き入れ、不快な感じを与えない事。

 

 以上、七つの施しによって相手に喜んでもらうだけではなく、施した自分自身も育てられていくものです。特に「眼施(げんせ)」や「和顔悦色施(わげんえつじきせ)」、「言辞施(ごんじせ)」は日々の暮らしの中で出来る心がけであります。自分自身の姿を正しく修めるように心がけるだけで、周りの人を明るく幸せにする事が出来ます。心がけ一つで自分も周りの人々も幸せなります。先ずは「おはよう」と笑顔で挨拶する事から共々に心がけて参りましょう。

和尚のひとりごとNo177「わがこととして」

 

  徳川秀忠(ひでただ)の指南役でありました柳生(やぎゅう)宗矩(むねのり)の子に柳生三厳(みつよし)というお方が居られました。柳生十兵衛(やぎゅうじゅうべい)といえば聞いた事があるかもしれません。江戸時代初期の剣豪です。その柳生十兵衛、柳生家の家訓に「小才・中才・大才」というものがあります。19jyuunigatu

 

 小才は縁に出会って縁に気づかず

 中才は縁に気づいて縁を活かさず

 大才は袖すり合う縁をも活かす

 

 色んな御縁をいただいている私達です。その御縁を全て我が事として頂戴していく事で、人の苦しみ悩みにも寄り添えるものです。

 恵心僧都(えしんそうず)源信(げんしん)は、「法は良薬のごとく、僧は瞻病人(せんびょうにん)のごとく。」と説かれました。病人への寄り添いに、「瞻(せん)」の文字を用いています。「瞻」とは仰ぎ見るという意味です。目を大きく見開いて病人に接する事。しっかりと病人を看ていくと言う事です。

 自然災害により大きな被害を受け、悲嘆の声を耳にする昨今です。近年に限らず法然上人の御在世当時も厄災危難は多かった様です。法然上人のお伝記に、明遍(みょうへん)僧都(そうず)の見た夢として法然上人が四天王寺西門にて病人の口にお粥を食べさせていたという記述が御座います。病人に寄り添っておられた法然上人のお姿を見る事が出来ます。病人とは、この世を生き切る術を見出せない迷える我々凡夫(ぼんぶ)の事であり、お粥しか口に出来ないのは、易しい行である口称念仏でしか救われない事の譬喩です。元祖様は山を下り庶民生活に近づいて苦しむ人々を救われ、大乗仏教の究極であるお念仏の御教えを生きる糧として人々に弘められました。お念仏こそが当時の人々の救いであった事が伺える内容であります。八百年経った現代でも生死(しょうじ)に悩み苦しむ姿は同じであり、念仏こそが救いの道である事に変わりはありません。誰もが救われていくお念仏で御座います。いつでもどこでもお称え出来るお念仏ですので、日々お念仏を申して過ごさせて頂きましょう。

和尚のひとりごとNo174「称えるなかに仏のまなざし」

 

   烏 なぜ啼くの 烏は山に 可愛い七つの 子があるからよ

   可愛い 可愛いと 烏は啼くの 可愛い 可愛いと 啼くんだよ

   山の古巣へ 行て見てご覧 丸い眼をした いい子だよ

 

 『七つの子』は野口雨情という方が作詞された唄です。野口雨情は宗教的な意味合いの深い詩を沢山創られております。この『七つの子』は雛鳥が親の烏を無心に呼んでいる。その声に応えている親ガラスの心情です。

 阿弥陀様はこの母鳥が我が子可愛いと思うが如く、いつも私達を見守り慈しんでくださっています。阿弥陀様から見れば全ての人々が大事な我が子です。私達の事を思って守り育ててくださっている。『七つの子』の唄は、まさに親が子を思う心です。

 啐啄同時(そったくどうじ)という言葉が御座います。鶏(にわとり)の雛(ひな)が卵から生まれ出ようとする時、殻の中から卵の殻をつついて音を立てる。これを「啐(そつ)」と言います。その時、すかさず親鳥が外から殻を啄んで破る。これを「啄(たく)」と言います。この「啐」と「啄」が同時であって、はじめて殻が破れて雛が生まれます。これを「啐啄同時」と言います。これは鶏に限らず、師匠と弟子、親と子の関係にも学ぶべきであると説かれます。

19jyuuitigatu ある雨の日、禅寺の和尚さんが部屋から、「雨漏りだ!何ぞ持って来い。」と叫ぶ声がした。弟子達が、「また雨漏りだ。早く何か持って行け!」と騒いでいると、一人の弟子が笊(ざる)を持って飛んで行った。すると師匠は、「おう、これだこれだ。よく持ってきた。」と上機嫌で褒めている所へ、もう一人の弟子が桶(おけ)を持って現れました。すると和尚さんは「馬鹿モン!そんな物が役に立つか!」と烈火の如く叱り飛ばされたそうです。普通ならば雨漏りの水を受けるのですから桶です。笊では雨水を受け止める事は出来ません。しかしここは禅寺。雨漏りだからと桶だ笊だと考えて分別(ふんべつ)すると駄目だという事です。師匠が、「直ぐに何か持ってこい。」と言えば、笊でも桶でも何でも構わない。「オーイ」と呼ばれたら直ぐに「ハイ」と答える。そこには何の分別も一分の隙もない、無心の教えを説いているのです。これが「啐啄同時」の意味であります。

 阿弥陀様も私達が無心で南無阿弥陀佛と名を呼べば直ぐに応えてくださるのです。阿弥陀様は、「我が名を称えよ。我が名を称えたならばその声に応えて救おう。」とお示し下さいました。これを「応声即現(おうしょうそくげん)」と言います。声に応じて直ぐに現れて下さるのであります。先程の「啐啄同時」で言えば、卵の中から殻を突く音が聞こえたら直ぐに、同時に外から殻を破ってくれる、その親鳥の様に「南無阿弥陀佛」と御称えしたならば、直ぐに応じて下さる仏様です。「お母さん」と言えば大勢の人の中からでも母が私に気づいて下さる。その様に仏様も直ぐに現れて下さるのであります。お念仏を称える中に仏様のまなざしを感じ、日々穏やかに過ごして参りましょう。

和尚のひとりごとNo171「光明徧照」

 

 一々の光明(こうみょう)、徧(あまね)く十方の世界を照らして、念仏の衆生(しゅじょう)を摂取(せっしゅ)して捨て給わず。

 19jyuugatuこれは、『観無量寿経』と言うお経に出てくる偈文です。「阿弥陀様の一つ一つの光明は、徧く十方の世界を照らし、念仏を称える衆生(命ある者)を救い取って、捨てる事がない」と言う意味です。今の我々の目には見る事が出来ない御仏様の御光ですが、いつでも、どこでも、誰にでもお照らしくださっているのです。ですから阿弥陀様の事を別の名で無量光佛(むりょうこうぶつ)とお呼びいたします。量り知れない御光をお照らしてくださっているからです。

 

刑場の露と果つべき身を惜しみ 虫になりても生きたしと思う(島秋人)

 これは昭和四十二年十一月二日、わずか三十三歳で処刑された死刑囚、島秋人(本名;中村覚)が獄中で詠んだ短歌です。彼は生まれつき病弱で学校にも通えず、周囲から罵倒され、貧しさゆえに非行と犯罪を繰り返し、飢えから農家に押し入り強盗殺人を犯し、遂に死刑囚となった青年でした。戦後の貧しさの中、非業な憂き目に遭わされ、罪人としたてあげられた父親と、結核に罹患し亡くなっていく母親という不運な境遇で育ちました。充分な愛情も温もりも知らずに育てられた環境の為、遂に死刑囚になるまで手を汚したと言われています。しかし獄中生活の中で、支えてくれる人々の愛情、心の温もりを感じ、犯してきた罪を悔い改めて過ごされました。その獄中で死刑前夜まで詠み続けた贖罪の歌が先程の短歌です。犯してきた罪を省みれば露の様に消え果てるべき身ではありますが、いざ我が命となると虫になってでも生きてながらえたいと願う生への執着が垣間見えます。しかしそれだけ真剣に人の命というものに向き合えたのでしょう。

 島青年は刑務所で教誨師の導きにより信仰の道に入りました。仏縁に出遇い、人として生きる事の意味、死刑囚であっても命の大切さを身に沁みて感じ、自らの行いを懺悔(さんげ)し、歌を創り続けたのだと思われます。今までは他人の命も自分の命も疎(おろそ)かにし、人生を虚しく捉えて罪を造っていたけれども、仏縁により命の尊さを知ったのです。青年は、「たとえ私が娑婆で百年生きたとしても、仏様の教えに遇う事がなかったならば、それは空しい一生であったでありましょう。しかし短い一生であっても仏法に遇わせていただいた事によって、人生に光明を得た事は何よりの幸せでありました。」と言葉を遺されました。

 どの様な境遇の者でも阿弥陀様は絶対に見捨てません。仏様の御光によって必ず救われて参ります。共々に阿弥陀様に思いを寄せてお念仏申して過ごして参りましょう。

和尚のひとりごとNo168「まごころのおすそわけ」

 

 ある海にとても綺麗な一匹の魚が住んでいました。その魚の鱗(うろこ)は青に緑に紫にキラキラと光っていて、海の中で一番美しく輝いていました。この綺麗に光り輝く鱗を持つ魚は他の魚たちから“にじうお”と呼ばれていました。“にじうお”は自慢の鱗を光り輝かせながらいつも得意げにスイスイと泳いでいました。

 他の魚が「一緒に遊ぼうよ」と声をかけてきても見向きもしません。小さな魚が「綺麗な鱗をたくさん持っているんだから一枚分けてくれないか」とお願いをしても、「一体何様のつもりだ!」と一喝するのでした。そんな態度の“にじうお”を見て、他の魚たちは“にじうお”に近づかなくなっていきました。やがて“にじうお”は自慢の綺麗な鱗を誰にも見てもらえなくなり、寂しい思いをする日々が続きました。そこで“にじうお”は、「どうしたら寂しい思いをせずに幸せに過ごせるのか?」と思い悩み、賢いタコのおばさんに相談しました。タコのおばさんは、「その綺麗な鱗を皆に分けてあげたらいいのよ」と言いました。“にじうお”は、「自慢の鱗が無くなるのにどうして幸せになれるのか?」と思いました。けれどもタコのおばさんの言う様に、他の魚のお願いを聞き入れて鱗を分けてあげる事にしました。すると綺麗な鱗をもらった魚はとても嬉しそうに喜びました。その様子を見た“にじうお”は何だか嬉しい気持ちになりました。さらに鱗をもらいに来た別の魚たちにも少しずつ分けてあげました。“にじうお”の自慢の鱗は少しだけになってしまいましたが、心は嬉しくなり皆と楽しく暮らしました。(『にじいろのさかな』マーカス・フィスター著)

 19ugatu人は自分のものとして手に入れると手放したくなくなる気持ちが生じます。仏教では慳貪(けんどん)といって、自分だけの利益を追求し、他人に施す事のない惜しむ心を言います。所有する事で他人より優位に立っている気持ちになれるので所有欲が起こるのです。しかし、その様な心の人は、ただ蓄財するだけの心に囚われてしまい、他人の事を考える事もしなくなると戒められております。多くのものを持っていても独り占めをするのでは疎まれてしまい、やがて孤立してしまいます。金銭的なものにかかわらず技術や能力といったものも他の人にそれを分け与え、教えていく事で多くの仲間を得、更により良いものが生まれてくるものです。生まれ持った能力は人それぞれ違います。得手、不得手はあるものです。自身の恵まれたものを他者に分け与える喜びを知り、外面的な美しさよりも内面的な心の美しさを育てさせていただきましょう。

和尚のひとりごとNo165「ここにいるよ あなたを想っている」

 

 人生の壁にぶつかった時、ふと立ち止まり自分自身を見つめ直したくなる時があります。「何故この世に生まれてきたのか?」「この人生に意味はあるのか?」「どうして私ばかりがこんな苦しみを受けなければならないのか?」

 自らの意思で、明確な目的意識を持ってこの世に生まれてきた事を知っているのであるならば、壁にぶつかったとしても生きる事に意味を見出すのは簡単でしょう。しかし私たち人間は、気がついた時には既にこの世に人として生まれており、それぞれの与えられた環境の下で生活が始まっています。ですから時としてこの人生に意味を求め、「私は何の為に生きているのか?」と自問自答したくなるのでしょう。人間は、意味や理屈を求める生き物でありながら、生きる事にどんな意味があるのか分からないまま人生が始まっているところに根源的な悩みが生まれるのです。19hatigatu

 

 またこの世の中は非常に不条理なものです。善人が必ず報われ、悪人が必ず罰せられて衰えていくのならば納得もいくのでしょうが、善人が必ず栄え報われるとは限りません。東日本大震災の様な天災や、多発する交通事故、ニュースで見聞きする事件等で犠牲になった方々は悪人だったのでしょうか?地震などの天災は、遺族にとって怒りの矛先が無い非情な出来事であり、不条理極まりないものです。科学的に地震の発生原因を解明し、どうして死に至ったのかを説明したところで遺された人々の苦しみを癒す事は出来ません。

 

 東日本大震災では発生当初多くの僧侶も駆けつけ、様々な宗派の葬送儀礼が各地で勤められました。浄土宗は、「死後、御浄土で再会出来る」という御教えです。南無阿弥陀佛とお念仏を御称えしたならば、命尽きた後、西方極楽浄土に往き、そこで亡き人と再び会う事が出来るという、科学的根拠の全く無い御教えです。しかし、死別という悲しみにおいては「何故死に至ったのか?」「どうしてこの様な事が起きたのか?」という科学的な原因究明よりも、死後の世界は有り、今生で死に別れても再会出来る場所が有るという非科学的な教えが遺族の方々に大きな安らぎを与えました。

 

 非情な悲しみに遭い、「何故生きているのか?」と人生の意味を問うた時、科学的視点では安らぎを得られません。科学的に人生を解明しても人類は単なる進化の過程に過ぎないからです。私たちは望むと望まざるにかかわらず、気付いた時には既に人生がスタートしており、平等でない環境の下、不条理な世の中を生き抜いていかねばなりません。生きる事の意味を問うた時、目には見えない信仰の世界が一番の救いになり、現実を生きる我々に生きる力を与えてくれるものであります。先立たれた方は間違いなくお浄土に居て、「ここにいるよ。あなたを想っている。」と亡き人が私達を見守ってくださっていると思いを馳せ、共々にお念仏を申して過ごして参りましょう。

和尚のひとりごとNo162「善き行いに 善き心」

 

 昔、中国に白楽天(はくらくてん)というお方が居られました。国を治めていくに当たり、道林禅師(どうりんぜんじ)という僧侶にどの様な政(まつりごと)をすれば良いか尋ねられました。白楽天がお寺を訪ねると道林禅師は木の上で座禅を組んで居られました。ビックリした白楽天は、「そんな所で座禅を組んで居ては危ないですよ。」と言うと、禅師は、「危ないのはそなたの方じゃ。」と返されました。白楽天は、「私は大地の上に立っておりますから全然危なくありません。木から落ちたらどうするのですか。あなたの方が危ないです。」と言うと、「いやいや危ないのはそなたじゃ。」とまた禅師に返されました。「どうして私の方が危ないのですか。」と聞き返しますと禅師は、「お前の思い一つで世の中が変わる。この国が良くなるか悪くなるかはお前の心一つである。だから危ないのじゃ。」と仰られました。「ですから私は禅師に教えを請うて、それでこの国を治めていきたいと思い尋ねて参りました。」と言うと道林禅師は、

 「諸悪莫作(しょあくまくさ)  衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)

  自浄其意(じじょうごい)   是諸仏教(ぜしょぶっきょう)」

<意訳>

 「諸々の悪をなす事なかれ    諸々の善を奉行せよ

  自らその心を浄(きよ)くする これ諸仏の教えなり」

 

 と仰られました。それを聞いた白楽天は、「そんな事ぐらいは百も承知です。もっと違う仏教の奥義を教えて頂きたい。」と再度お願いすると禅師は、「たとえ三歳の童子これを知るといえども、八十の翁(おきな)これを守る事を得ず。」と返答されました。19hitigatu

 「善い事をしなさい。悪い事をしてはいけませんという事は三つの子供でも知っている事です。しかし八十歳になってもなかなか守る事が出来ないものですよ。だからその心というものをしっかりと心得て守っていけば宜しい。それが仏様の教えです。」と仰せになられたのです。

 仏教の根本は、どんな悪い事も致しません。どんな小さな善い事でも進んでしていきましょう。そして私(自分)の心を浄(きよ)くしていく事が仏の教えであります。心を浄くするというのは、自分勝手な欲を起こさず、損得を考えず、善い行いを進んでしていく事です。出来るだけ善き心を育てさせていただいて、日々和やかにお念仏申して過ごして参りましょう。